第4話 友達との付き合い方
翌日の朝、かほの部屋のインターホンを鳴らした。ドアが開くと、見るからに不機嫌な制服姿のかほが立っている。
「学校、一緒に行こ?」
彼女は大きなため息をついた。
「はいはい」
嫌そうに鍵をかけて、私を置いていこうとするように、そそくさと歩いていく。
「待って」
かほの隣を歩くけれど、何を話せばいいんだろう。友達がいたことない私には、そんなことわからない。無言のまま、学校に着いてしまった。
「じゃあ、私は教室あっちだから」
校舎に入ると、かほは一組とは反対方向を指差した。
「え、同じ組じゃ」
かほはまたため息をついた。
「ほんとに何も知らないんだね」
「ごめん……」
「決闘に負けたら、ひとつ下のクラスに落ちるの。テストでいい成績を出せば、元に戻れるけど」
彼女は私から顔を背けて言った。
「早く戻ってきて」
背けていた顔を急に私に向けた。切れ長の目で私をにらみつける。
「私を打ち負かしておいて、よくそんなこと言えるね!」
そう言って、教室へと歩いていった。私は友達になりたい。一緒にいたいだけなのに。寂しさを抱えて、一組の教室に足を踏み入れた。
自分の席に座ると、三人の女の子が私のところに来た。彼女たちの表情は、恐怖と好奇心が入り混じったような、複雑な様相を呈している。三人のうちの一人が、恐る恐る口を開いた。
「あ、あの、あなたがあの西野さんに決闘で勝ったの?」
「うん」
三人が互いに顔を見合わせている。話しかけてくれた女の子が、私の方を見た。
「すごい! どうやって勝ったの? あの人、いっぱい使い魔展開するから、それらを倒すの大変だったでしょ?」
「え、えっと」
急に捲したてるように話しかけられて、なんて答えたらいいか分からない。
「もう、佐野さん困ってるでしょ。もっと落ち着いて話しなよ」
「ごめんごめん、つい」
友達にたしなめられた彼女は、舌をペロッと出しておどけている。私もああいうふうに振る舞えたなら、友達ができたのかな。思わずそう考えてしまう。
「私は中川レナ、よろしくね」
これが友達というものなんだろうか。そんなことを考えていると、チャイムの音が鳴った。
「あ、チャイム鳴っちゃった! また後でね!」
レナたち三人組は自分の席に戻っていった。暴風のようなひとときだった。あんなに積極的に話す人は初めてだから、圧倒されてしまった。
それにしても、まだ初日なのに、みんな友達が普通にいる。魔術師の家同士の交流で仲良くなったのだろうか。仲良く話している教室のみんなが羨ましい。
授業内容は、魔法植物に関することだった。実家にもそんな植物があった気がする。けど、動物の方が植物より多かった。
その動物に細工をしたものを、戦闘訓練と言って私と戦わせることがあった。ときには、生気を感じない、虚ろな目をした人間と戦ったこともある。あれの正体が何かは知らない。得体のしれない恐怖感を帯びていたことは覚えている。
それに比べれば、襲ってこない植物はマシだとか考えているうちに、お昼休みを告げるチャイムが鳴った。
私はリュックから休み時間の間に買っておいたサンドイッチと紙パックのレモンティーを取り出した。
「ねえね、一緒に食べよ?」
レナたち三人組がやってきた。
「いいよ」
三人は近くの椅子を借りて、私の方に向けた。
「どうやって西野さんに勝ったの?」
「普通に使い魔を突破して、ナイフを突きつけただけだよ」
「でも数で負けてるよね。突破方法とかすごく気になるの!」
レナは体を乗り出して、私に顔を近づけた。
「一気に加速して、懐に飛び込んだ」
「え、でも加速しようと思ったら、距離取らなきゃだよね。そのときに弓兵の使い魔に狙われなかった?」
顔をグイグイ近づけてくる。圧がすごくて、椅子をつい下げた。
「狙われたよ。だから、かわしながら近づいたの」
「身体能力すごいね! こんなに格闘戦強い子初めて見たよ」
「もしかして、私褒められてる?」
三人は頷いて答えた。未経験のシチュエーションに、どうしたらいいのか分からなくなる。
「私でも褒められることってあるんだ……」
褒められるって気分がいいことなんだ。
「ちょっとー、自己肯定感低すぎだよー」
レナは私の両頬を押したり引っ張ったりしている。
「もちもちだね」
あとの二人も楽しそうに笑って、現状を見ている。彼女の行動に脈絡を見出だせない。どうして頬を弄られる状況になったんだろう。今日は分からないことだらけだ。
「ねえ」
急に頬から手を話したと思ったら、神妙な顔で私の目を見る。
「自分に自信を持っていいんだよ」
「えっ?」
「今日から友達になった人が言うことじゃないと思うけど、つい言いたくなっちゃった」
舌をペロッと出して、照れくさそうに言った。
「そんなの、言われたって難しいよ」
自信なんて言葉は、これまでの人生で無縁だった。なのにいきなり自信を持てと言われたって、無理がある。未知の価値観をぶつけられて、頭が混乱している。かじったサンドイッチの味は分からなかった。
食事を終えると、レナたちから離れて教室を出た。かほのことが気になる。
二組の教室をちらっと覗いた。一組と変わらない喧騒が視界に映る。その中でかほを見つけるのは難しくなかった。
彼女は教室の片隅で持参した弁当を食べている。周りから取り残されたような彼女の姿に、自分の姿を見た。ここに来てレナとご飯を食べるまでは、昼食はいつも一人だった。誰にも関わらず、誰にも絡まれず、孤独を守ってきた。
周囲の人は、チラチラと彼女を見ているけれど、誰も話しかけようとはしない。彼女のプライドの高さを感じ取って、近寄りがたさを感じているのか。
思わず私は教室に足を踏み入れた。そうしようと思ったわけじゃない。けどついしてしまった。
頭の中に、今日知り合ったばかりのレナのイメージが浮かぶ。彼女ほど大胆にはできないけど、自分なりにできることをしていきたい。
「かほ」
「え、なんでここに来たの!」
「寂しそうだったから」
「余計なお世話よ!」
周りがこっちを見ている。そのことに気づいたかほは、ちょっと恥ずかしそうにしている。
私の視線はかほの机に重力に従うかのように、自然に落ちていく。
「お弁当美味しそう」
「あ、ありがとう。というか、話す内容が唐突ね」
「脈絡なんて分からない」
「でしょうね」
即答で言われてしまった。そう言われてしまうと、むっとしてしまう。
「かほだって脈絡分からなさそう」
「はあ? 私は社交界で鍛えられてるから!」
眉を釣り上げて、必死な顔をして言っている。こういうのはあれだ。
「図星?」
「違う!」
否定するけれど、現に彼女の周りには私しかいない。これでコミュニケーション能力を誇示されても、私が困ってしまう。
「他の人が話してくれなくても、私がいるから」
友達らしいことを言えただろうか。
教室の時計を見ると、休み時間が終わるギリギリの時刻になっている。
「そろそろ戻るね。また放課後に」
「え、いや、ちょっと!」
かほの声を聞きながら、二組を後にした。
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