第3話 友達、できました
私は始業式に出られなかった。目を覚ましたらそこは保健室で、窓を見れば夕日が見えたから、きっとそうなんだろうと思った。
「あら、目を覚ましたみたいね」
声の主は保健室の先生だ。
「ここには西野さんが運んでくれたんだよ」
「え、あの子が?」
あれだけつっかかておいて、わざわざここまで運ぶなんて、どういうつもりだろう。
「入試で一番評価の高かった彼女に、決闘で勝ったんだってね。いったいどうやったの?」
そんなにすごい子だったとは知らなかった。
「私には戦うことしかできないから」
だから負ければおしまいだ。母に行けと言われて来た学校で、初日から醜態を晒すわけにはいかない。何も理解せずに帰れば、母に会えないかもしれない。唯一私に優しかった人を失うなんて嫌だ。
最後に私の頭を撫でてくれた感触をふと思い出した。なおさら、母を失いたくないという気持ちが強くなる。
保健室の先生に「もう大丈夫」と伝え、ベッドから起き上がった。もう帰らないと。
ここでの家は、学校が用意した寮がある。母が荷物を先に送ったらしい。けれど私はまだどんな部屋なのか知らない。帰ればまずすることは、荷物を整理することだ。
荷物整理が面倒だと思いながら校舎を出ると、夕日をバックに、背の高いゆるふわカールのシルエットが、私を出迎えた。
まさか復讐を目論んでいるのか。いや、それだったら気を失った時点で、何かしそうだ。それとも再戦するために、わざわざ保健室に運んだのだろうか。名家の生まれだし、プライドが高そうだから、その可能性はあるかもしれない。
「何の用?」
「あなたに負けたからここに来たに決まってるでしょ!」
「報復?」
さっとリュックを下ろし、ナイフを取り出そうとする。
「違う! まさか決闘のルールを知らないの?」
「えっ? 手袋を投げて、殺さない程度に戦うんでしょ? 別にあなたを殺してないよ」
「死んでたらここにいないでしょ! そうじゃなくてその……」
何やら彼女が言いにくそうにしている。口をモゴモゴしているかほを置いて、彼女の横を通り過ぎようとする。
「敗者は勝者の従者になる! それが決闘のルール!」
夕日じゃない赤色で頬を染め、私をじっと見つめている。
「つまりあなたが私の従者ってこと?」
「それ以外に何の意味があるの」
そう聞いて私はふと思った。
「ルールのことを黙ってたらこんなことにならなかったのに」
「ズルは私のプライドが許さない!」
難儀な性格をしているなとは思うが、根は悪い人じゃないように感じた。そんな人が従者として一緒にいてくれる。人との付き合い方をよく分からっていない私にとって、こんな形でも関係性を作れた。それっていいことなのかもしれない。
でも従者という上下関係のあるものは嫌だ。どうせ関係性を結ぶなら友達がいい。それを作ったことがないから、どうすればいいのか分からない。けど友達とは対等なものであるはずだ。
「かほ、あなたは従者だけど友達」
「は?」
彼女は困惑を絵に描いたような表情をしている。
「下僕のような扱いはしない。私とお話して、ご飯を一緒に食べてくれればそれでいいの」
「なんでそんなことしなきゃいけないの」
「じゃあ命令してそうさせる」
友達はいたことないけど、なんとなくこのやり方は違う気がする。それでも彼女と仲良くなりたい。だって本当は優しい人だと思うから。
「分かった、あなたに付き合えば良いんでしょ」
「私のことはえりかって呼んで欲しい」
「ああもう分かったよ! えりかね、えりか!」
母親以外に下の名前を呼ばれたのは、いつ振りだろう。嬉しくて思わず頬が緩みそうになる。
「ありがとう。じゃあ一緒に帰ろ?」
「一緒に帰るといっても、寮は学校の隣じゃない」
実験棟の奥に、五階建ての寮が数棟並んでいる。見た目は団地のようだ。
「でも一緒に帰るの」
「まあいいけど」
かほがそそくさと歩き始めたので、急いで彼女の横に並んだ。
「そういえば、なんですみれさんの魔術を引き継いでないの?」
「教えてもらってないから」
「でもおかしくない? 普通、親は子に自分の成果を伝えるものだよ」
それくらい私も知っている。だからそれは自分でも気になっている。
「でも身体強化の魔術は教えてくれた。自分の身を守れるようにって」
「反魔術師勢力とか、外道に走った魔術師に襲われるかもだから、護身は大事よね」
「そんな人もいるんだ」
かほが「えっ」と言って驚いた。
「ほんとに知らないの?」
小さく頷いた。
「魔術は自然の摂理に反する存在とか言って、武力で魔術師を排除しようとしているのが反魔術師勢力。目的のために魔術師どころか一般人に手を出したりするのが外道だよ」
「ふうん」
「そんなのがいるから、決闘という形で戦闘技術向上をしてるの。説明受けたことないの?」
首を横に振ると、彼女は呆れた顔をした。失望させてしまっただろうか。
「ごめんね」
「もういいよ。というか、どこまで一緒にいるの?」
話しながら寮の階段を登り、いつの間にか部屋の前まで来ていた。
「私の部屋はここ」
自分の部屋のドアを指差した。
「え、私の隣じゃない!」
何か言いたげにしている。きっと気まずいとかそんなところだろう。仲良くなれるのかな。
「仕方ないな。じゃあ、私の部屋はこっちだから」
そう言ってかほは、ひらひらと手を振って部屋に入った。
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