第7話 事件
「猫探しの依頼をクリアしてから、色んな依頼が来て、かほと一緒にこなしてるんだね」
レナが昼食のパンを齧りながら言った。そう言う彼女も依頼が多く来ている。彼女はこのクラスで一番成績が良く、私よりも断然多いだろう。
レナの言葉に反応したのか、隣でご飯を食べているかほがこっちを睨んでいる。依頼のことで、何か気に触ることがあったのだろうか。
「そういえば、よくレナと一緒にいる二人、最近は姿見ないね」
レナが初めて私に声をかけたときから、彼女と一緒にいた二人を、全く見かけなくなった。
「この頃、先輩が行方不明になってる事件起きてるから、もしかしたら一年生も……」
「レナ、それほんと?」
「行方不明事件は本当だよ。二人との関連性までは知らないけど」
身近でそんな事件が起きているとは知らなかった。上回生の間でも事件が起きているということは、榊原さんが何か知っているかもしれない。せっかく友達ができたんだ。だから友達のために、自分にできることをしたい。
食事を早く食べ終えて、用事があると言って二人から離れ、榊原さんのいるであろう一組へ向かった。三年生の組がある階を歩くのは気まずい。本当は気になんて留めていないことはわかっている。けど、ここに入学するまでは、陰日向で生きてきたから、ありもしない視線を気にしてしまう。
気まずさを抱えながらも、一組の扉の前に来た。そこからちらっと中を覗き込む。きれいな金髪で、ツーサイドアップの榊原さんの姿を見た。教室に入って彼女の近くに行くと、向こうも私に気づいてくれた。
「あ、この前会ったよね。えーっと……」
「佐野えりかです」
「ありがと、名前聞き忘れてたよ。それで、えりかちゃんは何しに来たの?」
「生徒の行方不明事件のこと、知ってますか?」
急に彼女の目つきが鋭くなった。
「一年生でも被害が出たの?」
「かもしれないです」
「断定はできないけど、人は消えたということか」
榊原さんは細い指を顎に当てて、何か考えている。
「いま引き受けてる依頼はある?」
「無いです」
「じゃあ私と一緒に行動しよっか」
「もしかして、この件に関する依頼をひきうけているんですか?」
彼女は頷いた。
「ちょうど協力者が欲しかったの。二人だけじゃ下級生の方まで手が回らないからね」
「え、二人?」
「ゆい、ちょっと来てくれる?」
戸惑う私を尻目に、榊原さんは人を呼んだ。
「まや、どうかしたの?」
「この子は中川ゆい。私の従者だよ」
肌が怖いくらいに白く、長い黒髪で垂れ目の彼女は、まるで人形のように見えた。
「佐野えりかです」
「よろしくね」
中川さんは微笑した。挙動や表情に楚々とした雰囲気を感じる。凪の日の海というような、そんな物静かな印象を受けた。
「えりかさんは一年生だよね? 私の妹のことを知ってるかもしれないね」
中川という姓で思い浮かぶ人は、彼女しかいない。
「レナのことですか?」
「やっぱり知ってたんだね。あの子迷惑かけてない? 遠慮のない性格だから……」
中川さんとは性格が全然違う。本当に姉妹なのか疑ってしまうほどだ。
「いえ、レナが話しかけてくれたおかげで、楽しく過ごしてます」
レナがもしいなかったら、私の学校生活はどうなっていただろう。今までのように、そこにいながら誰にも顧みられることのない、空気になっていたかもしれない。
「それは良かった」
中川さんはニコッと微笑んだ。
「そろそろ本題に入るよ」
和やかな雰囲気が、急に引き締まった。中川さんの纏う空気がガラリと変わる。
「今わかっていることを言うね。行方不明になる人に、その前兆は確認されていないし、法則性もない。一年生も含めて、行方不明者は現在六人。目的はわからないけど、おおよそ、人間を使った魔術的な実験の材料でしょう」
魔術的な実験という言葉に、心象に焼き付いた薄暗い母親の部屋が思い起こされた。生きた動物と死んだ動物。それらが一つの部屋に同居している、そんな実験部屋。私はそんな生死が混ざりあった空間が嫌いだった。
なんで魔術師という人たちは、生命を弄りたがるんだろう。それが理解できない。だからこそ、生命を弄る空間である実験部屋に、得体のしれない恐怖を感じ、故に忌避した。
「どこかに実験室があるんじゃないかと思ってる」
「例えば市街地ですか?」
榊原さんは首を横に振った。
「あそこは所詮虚構だから、最低限の場所しかないの。あの空間を作っている魔術のメンテナンスに先生が来るから、隙間に虚構の空間を作り上げてそこを実験室にしてもバレるリスクは高い」
ここは広いようで狭いらしい。
「じゃあどこが一番可能性があるとお考えですか?」
「学校の裏山にある旧校舎ね」
「でもそこに行っていないのは、事情ありそうですね」
ここまで分かっていながら、そこに行かないのは、何となく彼女らしくないと思った。
「あそこは立入禁止なのよ。溜まり場にされたくないっていう理由でね」
「調査という名目で立ち入れないのですか?」
ずっとやり取りを黙って聞いていた中川さんが、黒髪をさっとかき上げて口を開いた。
「残念ながら難しいね。学校は規則と秩序を重んじるから。魔法のあり方がそういうものだと考えてるから、学校も自ずとそういう方針なんだよ」
「そうなんですか……」
榊原さんが頭をポンと叩いた。
「確固たる証拠さえあれば、許可は下りるはずだよ」
今度は頭を撫でてくれた。ここに来てこういう触れ合い方があることを知った。肌を通い合わせるなんて、そんなものが現実に存在していることを知り得ただけでも、ここに来た価値があるように思えた。
「そうですよね」
不格好だと自覚しながらも、精一杯口角を上げた。
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