第8話 消えた日常
放課後は、いつものようにかほと下校する。虚構の夕日に照らされた校門が眩しい。隣でかほも眩しそうにしている。
何だか一緒が嬉しい。こんな何でも無いことなのに。それが不思議と嬉しい。
けれどかほは相も変わらず仏頂面をしている。そんな顔を見て、昼休みのことを思い出した。あのとき私を睨みつけていた。あの会話の流れで、睨まれるような理由はあっただろうか。思い当たる節が無い。
「かほ、なんで昼休みの時に、私を睨んだの?」
昼休みに見せた鋭い眼光を私に向けた。
「そんな何も知らないっていうのが嫌! 私とあなたの関係は主従、友達なんかじゃない!」
「どういうこと?」
「あなたは知らないだろうけど、従者の立場に置かれたら、一組でも依頼なんか全然来ないんだよ。なのに、依頼の価値すら分かってないえりかばっかり依頼が来る」
かほは体を震わせて涙を零した。
「依頼は、卒業後のキャリアに関わってくるんだよ! えりか向けの依頼のおこぼれと、自分向けの依頼を引き受けることと点数は違うの。最初は自分にも依頼が来るきっかけにと思ってたけども。何も知らない、世間知らずで馬鹿な人!」
「ごめん……」
こんな時、何を言えばいいのか分からない。何も知らない私が何を言ったところで、無駄な気さえする。
「もういい!」
かほは私に背を向けて校門へ走り出した。
「待って!」
追いかけようとした私の手を誰かが掴んだ。
「どうしたの?」
「れ、レナ、かほを追いかけるの」
「かほ? どこにもいないけど」
彼女の言う通り、かほの姿はどこにもない。
「先に帰ったんじゃない? 私達も帰ろ?」
「う、うん」
色々と胸の内にもやもやするものがあるけれど、レナに手を引かれて学校を後にした。
寮に帰り、かほの部屋のインターホンを鳴らした。けれど機械音が虚しく鳴るだけで、茶髪カールの影も形も現れない。
もしかして彼女はさらわれたのか。街に行っている可能性もある。まだ判断するには早い。明日彼女が学校にも来ず、家にもいなかったら、榊原さんに相談しよう。
そう考えて次の日を迎えたが、やはり家にかほはいない。不安に逸る気持ちを抑えながら教室に入った。
キョロキョロと室内を見るけれど、かほの姿はどこにもない。当たり前のようにいつも会っている人が、急にいなくなることが、こんなに寂しくて心をざわつかせるということを、私は初めて知った。
かほとの関係は、主人と従者というものだけれども、それでも私なりに友達として接してきた。かほは否定するかもしれないけれど、私の意思で彼女と仲良くなりたいと思っている。
「おはよ、えりか!」
「おはよう」
寂しいとき、元気に話しかけてくれるレナの存在が嬉しい。
「元気無いね、どうしたの?」
彼女にかほが家に帰っていないことを伝えた。
「もしかして、行方不明事件に巻き込まれた?」
「そうかもしれない」
レナが頭を撫でてくれた。
「大丈夫だよ」
根拠のない言葉でも、今はそれがありがたい。
昼休みに榊原さんのところへ行き、かほがいなくなったことを伝えた。
「これで男子四人と女子三人か」
彼女は私をぐっと見据えた。その瞳は何か決心したことが窺える。
「こうなったら仕方ない。裏山の旧校舎に今日の放課後に行こう」
「まさか無許可ですか?」
「ええ、これ以上犠牲者を出すわけには行かない。許可なんて悠長なこと言ってられないよ」
もしかしたらそこにかほがいるかもしれない。いるとすれば、誘拐犯もいるのではないか。そうなれば戦闘になるかもしれない。戦うことだけが私の取り柄なんだから、自分にできることをして、彼女を連れて帰ろう。
*
今日の授業が終わった。みんな放課後にすることがあるのか、教室の雰囲気はなんだか忙しない。
「ねえねえ、この後予定ある?」
レナが話しかけてきた。いつも私のことを気にかけてくれて、かほがいない今では、私の支えと言ってもいい。
「うん」
「依頼かな?」
「先輩と一緒に」
「もしかして行方不明事件の調査だったりして」
私はうなずいた。
「さすがに危ないから、その案件からは手を引いた方がいいと思うよ」
彼女の顔から笑みが消え、無表情で私を見る。こんな顔見たことがない。普段の朗らかな彼女を見慣れている分、この表情には恐怖を覚えてしまう。
「先輩もいるから大丈夫」
彼女をなんとか安心させたい。こんな表情は一刻も早く変えてしまいたい。
「そんなの分からないよ。すぐにでも手を引いてよ」
抑制された声音で迫る。怖くて後ずさりしそうになる。
「でもかほを助けないと」
「そんなのどうでもいいじゃない。私はえりかが無事ならそれでいいの」
「それは違う」
そうだ、彼女は間違っている。私はかほを助けたい。それが友達だと思うから。私のすべきことは変わらない。
「友達のかほを助ける。これが私の意思」
「ただの従者に、どうしてそんなに献身的なの? 私には理解できないよ!」
レナが魔術を行使する。直感で察知した。彼女は指をパチンと鳴らした。教室は喧騒に包まれていたはずなのに、その音は怖いくらいに響いた。それはまるで静かな水面を揺らす波紋を思わせる。
指を鳴らした直後、教室から人が消えた。いるのは私とレナだけ。
「誰にも愛されたことも、愛したこともなさそうな、幸薄そうなえりかが好き。愛情を知らないえりかを私だけが愛すの。私色に染まって、他の誰もいないここで、私だけを見て!」
歪んでいる。それ以外の言葉が見つからない。確かに愛情なんて知識でしか知らなかったけど、これは間違いだ。それだけは分かる。
「こんなのおかしい」
「おかしい? えりかは知らないだけなんだよ。私が教えてあげる」
レナが近づいてきた。
「来ないで」
恐ろしくて彼女を思わず拒絶してしまった。私が今まで見てきたレナは何だったのだろう。これが本性だなんて思いたくない。
「私を拒むんだ。そういうことするんだね」
歩みを止めた彼女は再び指を鳴らした。
「お仕置きだよ」
周りの床が崩落を始めた。崩れた後に広がっているのは真っ暗な空間。深淵が私に迫ってくる。周囲を見ると、壁も崩れている。空間そのものが崩れているんだ。
それを分かったところでどうしようもない。レナもいつの間にかいなくなっている。助けを乞うことすらできない。
とうとう私の足元が崩れた。光の差さない真っ暗闇への自由落下。暗闇に包まれ、私の意識もどこかに遠ざかっていく。体も意識も、暗い世界に落ちる。
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