第4話 小さな紳士

「ア、アスワイル様、お待ちください!はあはあ。ア、アスワイル様のお母様はまだお仕事中にございます。い、今行ってはお邪魔になってしまわれますぅ~。」


すでに廊下のかなり先にいる小さな主に息も絶え絶えに、それでも精一杯呼びかける。

わんぱく盛り、とは言っても3歳児にすでに体力で負けている自分が情けなくなる。

今ですらこのていたらく、先が不安だ。

だが任された以上、やるしかない。

それが新米メイド、アンの意地だった。


「だって、今すぐ母様に知らせたいんだ。母様ならきっと喜んでくれるよ。それに怒られるなら僕だけにしてってお願いするからアンは先に食堂に行ってて!」


後ろから聞こえた声に足を止めることなく振り返りそれだけ言うと新米メイド、アンの主であるアスワイルはその勢いのまま階段を駆け上がって行った。


「そ、そんなぁ。」


置いて行かれたメイドの嘆き声が誰もいない廊下にこだまする。

きっと今晩はメイド長にアスワイル様から目を離したことを永遠と説教されるに違いない。

そう思うとアンは泣きたくなった。



廊下から誰かが走ってくる足音が聞こえた。

足音が軽い、それに加え金属の擦れる音が聞こえない。

であるならば家臣の者たちではないだろう。

考えられる相手はただ一人。

彼女は手に持っていた羽ペンを元の位置へと戻すと小さな足音の主が現れるのを待つ。


「母様!母様!聞いてください!」


しばらく待つと予想の通り、小さな天使が彼女の元へと飛び込んできた。

今朝一緒に朝食を食べたばかりなので数時間ぶりの再会。

それでも愛おしく思ってしまうのはやはり血の繋がった愛おしい息子だからだろうか。

それともこの幸せな日々が永遠に続くことがないことを知っているからだろうか。


「あら、愛おしい私の息子アス。そんなに慌ててどうしたの?なにかうれしいいことでもあったのかしら。」


彼女は勢いよく飛び込んできた息子を愛おしく受け止め膝の上に抱え上げると今まで目を通していた資料などには目もくれず、膝の上で母親を見上げ、目を輝かせている息子に話かける。


「母様!あのね、あのね、僕、雷の魔法がつかるようになったんだ!」


そう嬉しそうに話してくれているアスワイルはまだ3歳、魔法を使うには幼すぎる。

おそらく魔法の練習中に起きた静電気を勘違いでもしたのだろう。

だが、つたない言葉で一生懸命に説明してくれるその姿があまりにも愛おしく、彼女に間違いを訂正するという選択肢はなかった。


「そっか、アスはすごいわね。さすが私たちの息子。だけど無理をしてはダメよ。あなたはまだ3歳なのだから。今はたくさん遊んでたくさん食べて大きくならないと。そろそろ昼食の時間だし、お母さんと一緒に行きましょう。」


自分には似ていないふんわりとした少し癖のある柔らかい銀髪を優しくなでながら言う。

この子の髪と瞳の色は父親譲りだ。

息子の顔を見る度に愛おしいあの人のことを思い出さずにはいられない。

自分には身分不相応な相手、それでもそんなことに悩む必要がないほどにあの人は私のことを愛してれた。

そして私もあの人を愛した。

その結果が目の前にいる愛おしい息子。

可愛くないわけがない。


「はい!僕が母様をエスコートします。」


そう言って小さな紳士は母親の膝の上から降りると紅葉のようにぷくぷくとした手を差し出す。

空のような澄んだ青色の瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みで母親の手を引く。

本人は立派にエスコートしているつもりなのだろうが周りから見れば母親に手を引かれる子供でしかない。

それでも一生懸命に手を引いてくれる小さな紳士。

思わず優しい笑みがこぼれる。


あの人に出会って初めて感じた”幸せ”が今もこうして私のことを照らしてくれる。


「運命になんて負けてはだめよ。必ず、幸せになりなさい。」


思わず口をついて出てしまったつぶやきは階段を降りることに必死な息子の耳には届いていなかった。

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