第6話 魔王の子

「それでセト、あの子は?」


大量の執務が残り半分ほどになったときにゾフィーが聞いた。

あの子とはもちろん愛おしい彼女の息子、アスワイルの事だ。

そして聞きたい内容は今日、アスが言っていた雷の魔法について。

もちろん気のせいだと思っているが一抹の不安がぬぐえない。

なにせ十分に彼ならあり得うることだからだ。


なにせ彼はの血を引く子なのだから。


「専属の侍女からの報告ですと確かに雷の魔法を使われたそうです。ですが詠唱はもちろん、魔法名も口にしておらず、左右の手の平から雷を放出していらしたとのことです。そして確かめる間もなく、ゾフィー様の元へ向かわれてしまったとか。」


セトは自分の作業を止めることなく言う。

もちろん報告書を見ながら読み上げているわけでもない。

この男は毎日上がってくる数百の報告書の内容をすべて記憶しているのだろうか、ゾフィーはまさかと思いながらもこの男ならそれくらいのことは軽々とやってのけそうだという考えに至る。

それほどまでにこのセトという男は優秀なのだ。


「そう、やっぱりあの子はあの人の子なのね。」


ゾフィーは嬉しいような嬉しくないようななんとも言えない気持ちになる。

この世で誰よりも深く愛した男、アスワイルはその人との息子であるという事が改めて証明されたのだ、うれしくないわけがない。

だがそれと同時にあの人との子供であるという事はあの子に待ち受ける運命は避けようのない事実として彼の身に降り注ぐことになるだろう。

あの子の将来を考えると素直に喜べないというのが率直な感想だ。


するとそんな考えが顔に出ていたのかセトが笑いかけながら言ってきた。


「あなたの息子の成長を母親であるあなたが喜ばないでどうするのです?それにアスワイル様はあなたの息子です。誰よりも母親であるあなたが信じてあげなくてどうするのですか。アスワイル様は大丈夫です。だって誰よりも気高く美しいあなたの息子なのですから。」


「何十年経ってもあなたには敵わないわね。」


そうやっていつでも優しく背中を押してくれるセトには感謝しかない。

セトが部下で本当によかったと思う。

だから安心して自分の最も大切なものを任せることができる。



「セト、あなたに命令です。約束の時までにアスワイルを最高の戦士にしなさい。持てる知識は余すことなく。持てる力は十二分に。すべてをあの子に捧げなさい。」


口調が変わり、彼女を纏う空気が冷たく刺さる。

母親、友人、それらの顔を捨て、魔王の顔になった瞬間だった。

そしてそんな空気の変化をセトも瞬時に感じ取る。


「はっ、我が主の御心のままに。私のすべてを主様のご子息、アスワイル様に捧げましょう。」


彼女の正面に周り込み片膝をつく。

そして恭しく彼女の左足を取るとつま先にやさしいキスをした。

これは相手への最大の崇拝を意味しており、この国では命を懸けた誓いともいえるべき行為になる。

昔からある作法の1つだが今ではほとんど使われていない。

今ではほとんど使われていないこの作法を持ち出したあたりにセトの強い覚悟と忠誠心がうかがえる。

彼ならば必ずやり遂げてくれるだろう。

ゾフィーは確信した。


「セト、あなたを信じています。」


「はっ、必ず。」



約束の日まであと3年。

今の私たちにできることは少しでもあの子が運命に抗える力を与えること。

そしてあの子を信じることだけだ。






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