第9話 3年後

「はぁぁぁーーーーー。」


真夜中近い時刻、夜の静寂を乱すような長い長いため息が聞こえる。

魔族国家、タロス。

その中心である王都のさらに中心。

王の住む城の一室から長いため息は聞こえていた。

ため息の主は魔王ゾフィーの息子、この国の皇太子であるアスワイル・ボワ。

彼は目の前に積まれた課題を見てはため息をつくのであった。


アスワイルの先生であるセトが彼の最初の訓練を初めた日からすでに3年の月日が経っていた。

最初の宣言通り彼との訓練は厳しかった。

いや、厳しいなんてもんじゃな、地獄だ。

よく3年経った今でも5体満足に生活ができているものだとこの3年間を振り返るとアスワイルは奇跡でしかないと思うのであった。


だがその厳しい訓練のおかげで今のアスワイルがあるのもまた事実だ。

6歳にして今ではこの国でアスワイルが勝てない相手は母である魔王ゾフィーと先生であるセトだけだ。

学問の知識に関してはこの国の誰よりも詳しい自信がある。

アスワイルの目標は今も昔も変わっていない。


母の手助けがしたい。


その為であれば地獄のような訓練の日々も耐えることができた。

そして毎日そんな特訓を繰り返していれば当然成長のスピードも常人のそれとはかけ離れているわけで、、、、。

今に至る。

成長することもちろんアスワイルにとって喜ばしいことだ。

だが喜ぶのはアスワイルだけではない。

生徒の成長を喜ばない先生などいないのだ。

常人を超えたスピードで成長していくアスワイルにセトは日に日に課題を増やしては訓練をより厳しいものへとしていった。

その結果が今、目の前に崩れんばかりに積み上げ得られた課題の山だった。




「セト、あの子はどう?」


アスワイルが山のような課題と向き合っている時と同じく、これまた王城の一室でこちらも山のような執務作業に追われている2人の姿があった。

だがこちらの2人はアスワイルのように長いため息をつくことはなく、淡々と目の前の書類の山に取り組んでいた。

それに加えて雑談をする余裕もあるらしい。

常人から見たらありえない光景なのかもしれないがこの2人にとっては造作もないことだったりする。

それも当然と言えば当然、なにせこの国ができてからというものほとんどの執務をこの2人でやってきたようなものだ。

今更この程度の書類の山でオタオタするようなたまではない。


「我々が思っていた以上ですよ。覚えが良く、意欲に関しても申し分ないですし、とっさの判断力や応用力には目を見張るものがあります。おそらく私が追い抜かれるのも時間の問題でしょう。」


魔王ゾフィーの質問に一瞬だけペンを止め、考えるような素振りを見せた後、再びペンを走らせながらセトが答えた。

これは誇張でも何でもない、セトの本心であった。

スポンジのように教わったことすべてを吸収する素直さもそうだがソレを自分の力として発揮できる才覚。

純粋なまでに1つの目標の為にがんばるひたむきさ。

生徒と先生、王と臣下。

そんな立場さえ忘れてしまいそうなほどにセトはアスワイルのことを好いていた。


「そう、やっぱりあの子はあの人の子ね。セト、改めて感謝するわ。ありがとう。」


ゾフィーは資料に落としていた視線を上げ、まっすぐにセトを見る。

セトも王の視線を感じ、視線を上げた。

2人の視線が空中で交わる。

その表情だけでお互いがなにを考えているのかがわかる。

これだけの至近距離で視線を交わしておきながら意思が読み取れないほど短い付き合いでも浅い関係でもない。


「いつ、なのですか?」


普段であれば感謝される筋合いなどないと、窘めたであろうが今夜は違う。

ゾフィーの表情から読み取れたこと。

それは来るべき時が来てしまった、そういう悲しみに溢れた表情であった。

ならばここで必要なことは礼を固辞することではなく、実務的な内容であり、今度の対応を吟味することである。

そこまで考えた結果の問いがコレだ。



「明後日の夜よ。」


溢れそうな涙を必死で堪えながらゾフィーはそれだけをつぶやいた。












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