第8話 その日に向けて

「アスワイル様、僭越ながら本日よりこのセトがあなた様の勉学、武術、魔術を指導させていただきます。まだまだ未熟者ではございますが誠心誠意努めさせていただきますのでどうぞよろしくお願いいたします。」


朝食の後、セトはアスワイルを連れて城の中庭に来ていた。

そこで改めて挨拶をする。

もっとも朝食の時点でゾフィー自らこのことをアスワイルに伝えていたので今更不要なことかもしれないが礼儀と責任を重んじる真面目なセトはきっちりと自分の言葉であいさつを交わす。


「セト先生、だね。よろしくお願いします!」


今までは本格的な指導を受けてこなかったアスワイルは初めての授業、初めての先生

に興奮している。

新しいことを学べる。

何よりも母様に1歩近づける。

それだけで期待に胸がはじける思いだった。


「アスワイル様、私はあなた方に仕える身ですので私のことはセトとお呼びください。それに敬語も不要でございます。」


「知と武には身分は関係ないって母様も言ってたよ。だから先生は先生です。でも僕はまだ敬語はうまく使えないんだ。だから、ごめんなさい。」


3歳児とは思えない。

はっきりとした物言いにこれ以上何かを言うのは野暮だと思い、セトはそこで引いた。

敬語を使えないと言っているが3歳児。

それに教わってもいないものは使えなくて当然である。

セトはそのことに関しては全く気にしていなかった。

それよりもセトが気になったのは彼のその目だ。

魔王ゾフィーが時折見せるあの瞳。

輝く瞳の奥に込められた強い意志とでも呼ぶべき色が彼の瞳にもあった。

強い意志と覚悟を持ってこの場に、そして発言をしていることがわかる。

セトはますます興味を持った。


「わかりました。アスワイル様がそうおっしゃるのであればこれ以上私からは何も言いません。では、早速授業の日程について説明させていただきます。」


「先生、一生懸命頑張れば僕も母様の手助けができますか?」


まっすぐとセトを見つめるアスワイルの表情は決対に満ちた男の顔をしていた。

とても3歳児とは思えない、父親の面影を色濃く残すその表情にセトは思わずひざまずきそうになるのを必死の思いで耐える。

そして少し間を開けてからゆっくりと言葉を発する。


「ええ、その為に私が選ばれたのですから。ですが力を得るためには相応の対価が必要です。対価、つまりはあなたの努力、という事ですが。これはとても厳しいものとなります。アスワイル様はついてこれますか?」


少し面白くなってきた。

この子に自分が持っているものすべてを教えることができたらこの子はどこまで行くのか。

そして自身の運命にどう抗い、どういった結末を迎えるのか。

そう思ったセトは挑発気味に問いてみた。


その答えは至極単純。

たった一言。


「はい!」


そのすべてが込められた一言にセトは思わず笑みをこぼす。


ここから始まるのだ。

神の寵愛を受けた美しく誰よりも才に溢れた魔王。

そして神と魔王に愛され、祝福され、その血を色濃く受け継いだ子供。

器に収まり切らない力と、呪われた運命を背負って生まれてきた子供。

そんな神に愛され、神に見放された運命の子の物語。


間違いなくんその1ページ目が綴られた瞬間っだった。








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