第10話  別れと祝福

「準備はできているか。」


真夜中だった。

月は出ていない、真っ暗な空。

星の輝きさえもいつもより暗く感じるのは気持ちの問題なのだろうか。

そんなことを考えながらバルコニーで夜空を眺めているとふいに部屋の中から声がした。

ゾフィーは突然の来訪者に驚くことも警戒することもなく、静かにバルコニーから部屋へと、声の主の元へと近づいて行った。

そして声の主の前で恭しく跪き、空色のトーガの裾に軽いキスをする。

そして立ち上がるとトーガの色にも負けない空のような相貌を見つめる。


「ゼウス様、再びお目に書かれて光栄でございます。準備はすでに終わっておりますので、すべてはあなたの御心のままに。」


そう言ってゾフィーは恭しくお辞儀をする。

その瞳はあふれ出ようとする涙で濡れでいた。


「よい、そうかしこまるな。ここには私以外には誰もおらん。それに天界の者どもには見ることを固く禁じてきた。無理することはない。」


ゼウスと呼ばれた男はそう言うと優しくゾフィーの肩を引き寄せるとそのたくましい腕の中へと彼女の顔をうずめさせる。

それがきっかけになったのか、ゾフィーは耐え切れず嗚咽をこぼし、その目から涙がこぼれ落ちた。

ゼウスはトーガが彼女の涙でぶれることなど気にせず、さらに強く彼女を抱きしめた。


「お前の気持ちはよくわかる。だがこれはあの子の運命であり、避けられるものでも私が代わってやることもできない。」


「ええ。ええ、わかっています。ですが、これからのあの子のことを思うと、、、。それにあの子がこのような運命を背負うことになったのは私のせいなのですから。私があなたに恋をしてしまった。あなたとの子供を、幸せを望んでしまったから。」


「それ以上は言うな。」


ゼウスはゾフィーの言葉を強く遮った。

彼女の責めは彼女だけのものではない。

彼女の想いが罪だと言うのであれば彼女に恋をしたゼウスも同罪だ。


「私もお前を愛した。お前も私を愛してくれた。そしてあの子が生まれたのだ。あの子は私たちに愛され、祝福されている。お前の想いを攻めると言う事はあの子の存在を否定することんい等しいのだぞ。」


「わかっています。それでもあの子のことを思うと自分を責めずにはいられないのです。」


「安心しろ、とも大丈夫だ、とも言えん。だが信じようじゃないか。私たちの子供だ。きっと自分で運命を切り開く。その為の六年間であったはずだ。あの子は弱く守られるだけの子ではないのであろう?」


「はい。あの子は自慢の息子です。優しくて思いやりがあって、誰にでも等しく接することのできる広い心を持っています。強い芯を持った、私にはもったいないような子です。」


「そうか。そうだな。なんといったって私たちの息子だ。ではそろそろだ。あまり遅くなるとヘラがうるさいのでな。別れを。」


ゼウスはそう言うとバルコニーの方へと歩いていく。

彼なりの気づかいだろう。

母と子の今生の別れに父は不要だ。



「アス。あなたはちゃんと愛されている。あなたが生まれたのは呪いなんかじゃない、神々の祝福なの。アスは愛されて生まれてきたの。仮にみんながあなたを愛さなくても私はあなたを愛している。」


それは母親から息子に送られた最後の言葉。

心からの祝福であった。







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厄災の子 銀髪ウルフ   @loupdargent

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