第3話 神様は大変なのです

「すまん、ゼウス。もう一度言ってくれないか?」


神会に集まった神々を代表してオーディンが口を開く。

今この場に居る者は10柱ほどだ。

年に2回行われる神々にとっての重大会議だろうと神々にとっては関係のない話だ。

不死である彼らにとって1年など刹那でしかない。

来たければ来るし、来たくなければ来ない。

常に自分本位、それが神々である。

そして例に漏れずこの会議も出席率は限りなく低い。

オリンポス12神の会議の方が出席率がはるかに高い。


「オーディン、もう何度も言ったであろう。これ以上いくら話しても事実は変わらん。奴はわしの息子だ。どうするのかも今アテナから話した通りだ。」


同じ説明を何度かさせられたせいかゼウスは疲れた様子でそれだけを言う。

ここに居る神々は神の中でも力と権力を持ち、それでいて真面目な者たちだ。

まずは彼らを納得させなければ息子の命は6年後を待つまでもなくこの場で散ってしまう。

最悪、話した瞬間に殺されていてもおかしくはなかった。

だがここに集まっているものは問答無用で消してしまおうとするほど思慮に欠ける者たちではなかったらしい。

もっともオーディンのように思考が追いついていないだけかもしれないが。

とりあえず息子が殺されていない事に安堵しつつ、他に意見がないか神々の顔を伺う。


「ではゼウス、あなたは古代法に背いたことを認めるのですね。はぁ、これだから西洋のお方は慎みにかけています。そんな危険な存在さっさと消してしまえばよいでしょう。」


東洋の伝統的な衣を身にまとった女神が辛らつに言い放つ。

昔から西洋と東洋では考え方が相容れない部分があることはゼウスも十分に承知していた。

それも島国で独自の発展を遂げた国ならなおさら。


「まぁまぁ、伊邪那美イザナミ。できてしまったものは仕方がないではないか。無垢なるものを殺すのは罪深いことだ。僕は見守るのも悪くないと思うけどね。」


しかし彼女の言っていることも間違っていないので答えに困惑していると横から助け船が出た。

助け船を出したのは伊邪那美イザナミの夫、伊邪那岐イザナギ


「父上!それはいくら何でも甘すぎます。もし放置して神が滅ぶようなことがあれば

地上に生きる人の子もただではすみませぬ。無理に危険な道を行く必要はないでしょう。」


そんな伊邪那岐イザナギの意見に待ったをかけたのはこれまた伊邪那岐イザナギの息子、天照大神アマテラスオオミカミだった。

まじめな彼は父の判断に納得できないのだろう。


天照大神アマテラス、私だって人の子をないがしろにするつもりはない。だがゼウスとの間に生まれた子も人の子だ。守らねばならん。」


「父上!奴は人の子などではない!だ!」


「兄者、ゼウス王の息子ですよ。それは口が過ぎます。」


「いいじゃねぇか。どっちでも。父上も兄者たちも考えすぎなんだよ。厄災が来たら面と向かって払えばいい。面白そうじゃねぇか。」


月読ツクヨミ須佐之男スサノオ、お前たちは黙っていなさい。」


伊邪那美イザナミ伊邪那岐イザナギ、そして三貴子みはしらのうずみこが言い合いを初める。

もはやこれではただの家族喧嘩だ。

完全に他の神々は締め出しを喰らってしまっている。

オーディンなどは仲裁しようと口を挟もうと試みているが家族喧嘩の前には無駄な努力に終わりそうだった。


一方のゼウスもという言葉に仲裁どころではなかった。

気持ちが重い。

そして自分はなんという誤ちを犯してしまったのだろうとあの日、彼女が身ごもったことを知った時から幾度となく感じている罪悪感が再び胸を満たす。

他の神々や人の子にはほんとうに申し訳ないことをしたと思っている。

だが後悔はしていない。

過去に戻ることができたとしてもきっと彼女を抱くことをためらいはしないだろう。

それほどまでにゼウスは彼女を愛していた。

その結果があの子だ。

あの子は生きて幸せになる権利がある。

そのために親である自分にできることなど一つだけだ。


「もうよい、伊邪那岐イザナギ天照大神アマテラス。確かに天照大神アマテラスの言うように危険が全くないわけではない。アテナの策がうまくいくとも限らん。」


「ならっ!」


立ち上がりかけた天照大神アマテラスを遮るようにゼウスは片手を上げる。

そしておもむろに立ち上がり周囲を一瞥する。

その姿は座っていた時とは異なり威厳に満ち溢れていた。

立ち上がりかけていた天照大神アマテラスでさえその威厳に気圧されおとなしく腰を下ろすしかない。


「あの子はわしの息子だ。わしはあの子を信じておる。だからもしあの子が世界に厄災をもたらす存在となったときにはわしのすべての神力を使って息子を止めよう。だから頼む、どうかわしの息子を見守っていてはくれぬか。」


そう言って偉大なるオリンポスの王、空を支配する絶対の神は頭を下げた。

それはゼウスの覚悟の現れだった。

自分の息子を信じる、という。

それこそ神の力を失うことになっても。


そんな姿を見せられてしまえば他の神々は黙るしかない。

全ての神からの納得が得られたとは言えないがゼウスの息子はこうして生まれてすぐにこの世を去る、という最悪の事態だけは避けられたのだった。








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