第18話 なんだかよく分からないけど、先輩スゴイ! の研究発表会(1年生編)

 市民祭りが終わり。


 翌日の日曜日とたまたま祝日の月曜日は、肩もふくらはぎもパンパンで、ずっとベッドで寝そべっていた夢歌さん。


 


 ぐったりしながら、ぼんやりとしてると、脳裏に浮かぶのは、歩くんのいたずらっぽい笑顔や声で。


  


『わりと、特別みたい、僕にとっての夢歌ちゃん』


  


 ……いったい、どういう意味なんだろう? 特別って……?


  


 いくら夢歌さんがオクテとはいえ、その言葉に籠められたニュアンスは、何となく分かっている、実は。


  


 けれど、それをきちんと知りたくない気持ちもあって、クエスチョンマークをつけて放置しておきたかった。


  


 本気で、まともに受け取って、勘違いだったら、恥ずかしい。


  


 ……歩くんが、もしかしたら、私を、す……好きかも、なんて……!


  


 つい具体的に言葉として頭に浮かべてしまい、赤面しながらベッドの上で手足をバタバタさせて、痛みに呻いた夢歌さん。


 体が火照るのが、暑さのせいなのか、痛みのせいなのか、……のせいなのか分からず、エアコンをガンガン利かせて、2日間、ふて寝して過ごしたのだった。


  


  


  


 明けて火曜日。


 夏休みまで1週間を切ったこの週は、わりとバタバタだった。


 


 火曜日はまあ、普通に講義や演習の授業ばかりで平穏だったけど。


 水曜日は午前中は講義がなくて、1年生全員、演習ホールに集合。


 水曜日、木曜日の二日間丸々、3年生は「学内看護研究発表会」という行事で、全員が「看護研究」っていう何か難しそうな内容の発表をするらしい。


 中学とか高校でやった調べ学習や課題研究の発表会みたいなものかな、と想像したけど、「看護」って付くだけで、とっても難しそうに感じてしまった。


 ホールに入ると、正面には授業でも使うスクリーンが降ろされ、すでに準備されたプロジェクターから「栗白山看護専門学校学内研究発表会」というタイトルが映し出されていた。


 その向かって右手には教卓があり、プロジェクターにつながったノートパソコンやマイクが設置されていた。


 その辺りまでは演習ホールを使う講義でも見る風景だったけど、今日は教卓の上に一輪挿しの花瓶が置かれ花が生けられていたり、その背後にスクリーンと同じタイトルが印字された大きな垂れ幕が下がっていたり、さらにその右手に学生が座る机とは別に席が設けられていた。


 教卓には「演者」、右端の席のマイクが置かれた机には「座長」と札が下がっていた。


 たいして左手側にも席があり、こちらは2列になっていて、手前に「総合司会」の札とマイク、後ろ側にはノートパソコンが置かれ「記録」と札がつけられていた。


 左右にはそれぞれ長机と椅子が置かれている。


  


「1年生の皆さんは、前から詰めてこちらに座ってください」


 いつもの講義以上に、何だか物々しい雰囲気に飲まれて、静止してしまった夢歌さんら1年生に対して、スーツ姿の3年生が声をかけて会場後ろ側の席に誘導してくれた。


 その先輩だけではない。


 会場にいる3年生も、夢歌さんたちの後ろから入ってきた3年生も、みんな、スーツ姿。


 1年生が着席を終えるのと相前後して、会場内の席と左前方の席に3年生が着席した。


 空いている左サイドをチラリとみると、今度は先生たちが次々着席していった。


 


「開会に先立ちまして、オリエンテーションをいたします」


  


 左手の「総合司会」からアナウンスが入り、その後開会の挨拶、最初のグループの発表へと流れるように進行していく。


 ちなみに「座長」というのは「群」という発表グループごとに司会をする役割みたい。


 右サイドには発表する3年生が座り、「○○さん、演台にお進みください」という案内で順番に教卓、つまり演台に立って発表していった。


  


 うわあ、なんか、かっこいいっ!


  


 ……そして、何を話しているか、半分も分かんないっ!


 一応、夢歌さんたち1年生にも資料として、A4用紙両面に印刷された発表内容の要点が書かれた「抄録」が配られている。


 発表内容そのものは冊子になっていて、それは2年生から配布されるんだって。


 抄録には今回発表するのは「ケーススタディ」という研究で、実際の患者さんの受け持ちから学んだ内容を研究テーマにしていること、何の実習で、どんな患者さんを受持ち、どんな内容の研究をしたか、が簡単に書かれていた。


 スクリーンにはポイントで内容をまとめたものも映し出されていたし、だから、どんな患者さんに、どんな看護をしたのか、は、何となく分かったんだけど。


  


 その、……考察とか、よく分かんない……用語が、難しくて。


  


 誰々は、こうこう述べており、以上のことから、これこれと、考えます、とか言われても、チンプンカンプン。


  


 ただ、とにかく難しい病名だったり、患者さんに受け入れてもらえなかったり、コミュニケーションそのものが取れなかったり、……時には亡くなってしまったり……そんな色々がありながら、ものすごく悩んで、看護して、上手くいったり、いかなかったけど、たくさん考えたり、そんな「スゴイ」実習をしてきたんだな、ってことは、分かった。


  


 あと、発表後に設けられた質疑応答も時間が無くなるくらい先輩たちが質問席のマイク前に行列を作って質問したり感想を伝えていたのもスゴかった。


  


 まあ、その質問内容も、それに対する回答も、……やっぱり全部は意味が分からなかったんだけど。


 素敵だなって思ったのが、感想以外でも、質問の始めとか最後に「ここのアレコレにコレコレしたのが良いと感じました」とか「その発想は私にはなかったので素晴らしいと思いました」とか何かしら良い点を伝えていたこと。


 もちろん質問を受けたら「質問ありがとうございます」とか回答後に「教えていただきありがとうございました」とかお礼を伝えあっていたのも、働いている大人みたいでスゴイなって思った。


  


 モンブラン祭ではキレッキレのダンスを披露し、市民祭りでは目一杯オシャレしてはっちゃけていて。


 普段はきっとワイワイ仲良くおしゃべりしているんだろう先輩達3年生が、今日はピシッとスーツ姿で会を進行したり難しい研究をまとめて発表したり質問したりしてる。


 先生方が実習前に言っていた「社会人としてふさわしい態度」を体現しているんだ、と実感した夢歌さん。


  


 社会人として、なんて難しいそうだなって思っていたし、今も思ってはいるけど、こうして実際に先輩達がそのように振舞っている姿をみて、自分にもできるのかな、できるようになりたいな、って、心の底から思った。


  


 そのためには、もっとたくさんたくさん勉強しないと!


  


「1年生の皆さんからも、感想だけでも結構ですので、どなたかどうぞ。この群のないようでなくても構いませんので」


  


 午前中最後の質疑応答時間に、座長から振られた。


  


 今までの流れからそのまま先生の講評に移るかと思って、つい先生方の席を見たら、丸光先生と目が合って。


  


 反射的に立ち上がってしまった夢歌さん、みんなの視線に押されるようにして、マイク席に進み。


  


「い、1年の九重ですっ! あ、あの、先輩の……皆さんの発表、と、とても、す、素敵でした! 内容は、まだ分からないことばっかりで、だから、質問とか、全然できないんですが! でも、ホントに、皆さんが患者さんのことを一生懸命考えて実習したんだって、分かりました! だ、だから、私も……わ、私達も、たくさんたくさん勉強して! 先輩達みたいな実習ができるように頑張りたいです!」


  


 言葉に詰まりながらも、何とか気持ちを伝えようとして言い切った夢歌さん。


 


 会場が、ほんの一瞬、シーンと静まり返り。



 以上です、とか、ちゃんとした〆の言葉を忘れていたことに気付いた夢歌さんが慌てて口を開こうとすると。


 パチ、パチ…………。


 パチパチパチパチ…………。


 


 最初は小さな拍手、それは次第に大きな音になり。


 


 座長や演者席の先輩達を始め、会場の3年生の皆さん、そして背中の1年生席からも拍手の音が聞こえる。


 チラッと先生方も拍手しているのが目に入った。


 


「ありがとうございます。私達も、皆さんのように1年生だった頃を思い出しました。その頃はまだ分からなかったことがたくさんありました。でも、一生懸命勉強して、患者さんのためにできる看護を探して、今ここまで来ました。皆さんもこれからたくさん勉強して、私達のように、いいえ、私達以上に素晴らしい看護ができるようになってください、きっとできると、信じています。素敵な言葉をありがとうございました」


 


 座長の先輩のコメントに、ジーンとして、涙ぐんでしまった夢歌さん。


 顔を隠すようにして席に戻ると、「夢歌、すごく素敵だったよ」と隣に座っていた真山奈央さんが微笑んでくれた。


 


 後で聞いたら、誰も質問に行かなかったら、代表でルーム長の奈央さんが、何か感想を言うようにコッソリ根回しされていたんだって。「心がこもっていて、夢歌らしい、めちゃくちゃ熱いメッセージだったよ。みんなの気持ちを伝えてくれて、本当にありがとう」とお礼を言われた。


 


 やたら褒められて、逆にものすごく恥ずかしい気もしたけど、でも、伝えることができて、良かった。


 


 そして。


 


 分からないことだらけではあったけれど、先輩達の看護に向き合う熱い情熱のバトンをしっかり受け取った、夢歌さんだった。



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