第6話 技術チェックはお手柔らかに!【後編】
ベッドメイキングの技術チェックの最中。
「どうしてこれがダメなんですか?!」
チェックしている先生に反論している声が聞こえた。
その場でアドバイス付の判定が出るので、先生も学生も、小さな声でやり取りしていたから、余計によく響いた。
「見た目、出来てますよね? 何がいけないんですか?」
「何がいけないか、自分では分からない?」
特に慌てた様子もなく、平然と先生は小声で答える。夢歌さんから見えている
「分かりません。何がいけないんですか?」
「足元のマットレス、少し持ち上げてみて?」
ムッとした表情で、勝木さんは黙り込んでいる。
先生は、もう一度促したが、勝木さんは動かない。
「ここはね……」
仕方なく先生がマットレスを持ち上げようとするが。
「そんなところ、外から見えないじゃないですか!」
突然、勝木さんは声を荒げた。
先生は構わず、マットレスを持ち上げる。
くしゃくしゃに丸まったシーツの端が見えた。
シーツは奥まで伸ばして、と散々言われたので、夢歌さんも一生懸命伸ばして入れ込んでいた。側面は腕にくっついて出てきちゃうので、結構難しい。でも、足元は引っ張れば割りとキチンと伸びるので、まだ楽だ。
けれど、勝木さんのベッドは、足元から側面までシーツが丸まったままみたいだった。
「そう言うってことは、自分でも分かってやっていたのかな?」
「……」
「見た目、はね。まあ、合格よ。でも、こんなベットで休まれる患者さんの気持ち、考えてみて? 横になったらすぐ崩れてきちゃうわ」
「別に、看護師の仕事は、ベッドメイキングじゃないですよね? こんな雑用、看護助手にでもやらせておけばいいじゃないですか? 私はもっと実りのあることを学びたいんです。こんな無資格の人間でも出来るようなこと、勉強する必要はないと思います」
「そうね。無資格の人間でも出来ること、よ。練習すれば誰でも出来ること。だから、とりあえずやっておけばいい。そう思っている限り、どれほど技術を学んでも、それは、看護にはなりません。今日はもう、チェックを受けなくていいわ。もう一度、よく考えてみてください。その返事がもらえるまで、チェックは延期しましょう」
そう言うと、先生は勝木さんに背を向けようとして、再度向き直った。
「もうひとつ。看護助手なんか、やらせておけば、なんて、とても失礼な言葉ですよ。看護助手の皆さんは、私達看護師の仕事を支えて、バックアップをしてくれる、大事なサポーターであり、チームのメンバーです。看護師の小間使いではありませんよ」
突然。
勝木さんが、泣き出した。
いつもの勝ち気でキツい言動からは考えられない、気弱な表情で、ボロボロと涙をこぼして、
先生は何も言わず、他の先生に目で合図したあと、勝木さんの手を引いて、実習室を出ていった。あんなに先生に歯向かっていたのに、勝木さんは素直に先生についていった。
「何かね、勝木さんって、前は看護助手をしてたみたい」
翌日。
「奈央ちゃん、そんなことどこで聞いたの?」
「ブログ。入学する前に見つけたんだけど、なんか、書いてある学校が『くりかん』っぽいなあ、って思ってたんだ。昨日のやりとり見て、思い出したの。昨日見たらもう
「ハード?」
奈央さんの記憶によると。
そのブログの主さん、かつて看護助手として働いていた病棟で、看護師の一部からパワハラを受けていたそうで。
元々正義感が強い性格だった主さん、困っている患者さんを放っておけなくて、でも、対応するには看護師じゃないとダメな内容で、懸命に看護師に頼んだんだって。ところが。
『いちいちうるさいな、助手は大人しく雑用してなさいよ』
『無資格の人間が偉そうに。どうせ大したこと出来ないくせに』
『助手なんか、私達の言うこと聞いていればいいのよ』
等々、相手にしてもらえない上に、傷つく言葉まで言われて。
その他、日々看護助手の仕事を軽んじられる対応が重なり、どんどん仕事に対する意欲は失われ。
結果心を病んで、退職したと。
そして、自分も看護師になって見返してやる! と一念発起して、『某看護学校』に入学した。
「……すごいね。でも本当に勝木さんなのかな?」
「うーん、匿名だしね。でも、勝木さんじゃないとしても、心を病むほどなんて、ひどい職場! 絶対就職したくない!」
「そうだね。でも、……もし勝木さんだとしたら、何であんなこと言ったのかな? 自分が言われてツラかったなら……」
「ツラかった、からじゃない? そう思い込まないと看護師を目指すなんて出来ないくらい、本当は看護師って仕事がイヤだった、とか」
「仕事が、っていうか、立場、かな?」
ふいに背後から声がかかる。
「
勝木さんと同じく社会人経験者の近藤
「病院勤務の経験はあるって、ちょっと聴いてる。助手かどうかまでは言ってなかったけど」
道香さんは勝木さんと席も近いし、前歴についても少しだけ話していたらしい。
「自分の仕事をおとしめる、看護師の立場がイヤだっんだと思う。でも、看護師を目指す以上、それを正当化するしかないから、相手を模倣して。もしかしたら勝木さんにも、似たような経験はあったかも知れないね。看護助手なんて言葉が出てくるってことは、現場知ってるっぽいし。だから、あんなセリフ、口に出ちゃったのかな?」
「看護助手にでもやらせておけば、ってやつ?」
奈央さんの問いに、近藤さんが大きくうなづき。
「勝木さん、看護の仕事、っていうか、人に関わる仕事は、嫌いじゃないと思う。行きつけのスーパーでバイトしているところ見かけたけど、明るくて、ハキハキしていて。きっと看護師になったら、あんな感じなのかな? って思ったもの。そのブログ、私も見たわ。書いたのが勝木さんなのか、そもそも本当かは分からないけど。でも、そのブログの人は、きっと本当に看護師になりたいんだと思う。見返してやる、ってだけで目指せないよ。お金もかかるし、受験も甘くないし」
確かに。現役生でもキツいのに。
「まあ、真実はともかく。勝木さん、これからは少しは歩み寄ってくれるかな、って思うよ。勝木さん、あのあとずっと
「なんか……豹変?」
「だね……」
奈央さんの言葉に夢歌さんも同意し。
……なんとその日を境に、本当に
あっという間に消えていたはずの放課後、黙々と技術練習に励むようになり。
元々経験があったことも手伝い、メキメキ上達していた。
クラスメートへの当たりも、前よりずっと柔らかくなった。放課後の練習も一緒にするようになった。
(あと、やたら明和先生をリスペクトするようになった)
まだバイトは続けているみたいだけど、時間を調整して、グループワークや課外活動にも参加してくれるようになり。
何より、笑顔が増えた。
看護技術の向こう側には患者さんがいる。
でも。
その技術を支えてくれる仲間も、そこにいるんだ。
その仲間は笑顔の方が、やっぱり嬉しいと思う。
「とりあえずやっておけばいい、そう考えている限り、どれほど技術を学んでも、看護にならない」
正直、今の夢歌さんには、まだ先生の問いにうまく答えられないと思う。
でも、考えてみよう、キチンと。
だから。
技術チェックはお手柔らかにお願いします、先生!
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