第16話 ワッショイ! 市民祭りは恋の予感?(中編)

 午後3時になって、一度教室に集まって、HR。


 出席を取った後、担当の先生から諸注意の伝達。


 特に禁酒禁煙と熱中症予防、それとケガに注意するように言われた。


 あと、交流は大切だけど、酔っぱらって学生にちょっかいかけてくる人も多いので、単独行動を避けることも。


 「くりかん神輿」は人数が多い上、比較的若い女性が中心の参加団体になるので、市民祭りを盛り上げる目玉のひとつとして注目されているんだって。


 未成年もいるので、本来は抽選で決まる順番も、「くりかん」は基本的に2番目か3番目にして、早めに終了できるように配慮してもらっているとのこと。


 ちなみに1番目は毎年必ず市の観光協会のお神輿で、その近くに配置されていることで、若い女の子たちがトラブルに巻き込まれないように目を光らせる目的もあるとかないとか。




 ともかくも、祭りに加えて飲酒でテンションが上がりまくっているから、楽しむのはいいけど羽目は外しすぎないように、と。




「まあ、気持ちは分かるけどね」


「うん。先輩たちの熱の入り方……すごいよね」


 屋外の集合場所に移動して。


 開会式が始まるまで学年ごと固まって待機している最中、つい呟いた夢歌さんに奈央さんが答える。


 係の仕事がある夢歌さんたち(お手伝いの男性陣含む)と違って、他の1年生はだいたい午後2時過ぎくらいからポツポツ登校してきていたけど。


 2年生も3年生も、お昼過ぎには教室にほとんどいたみたいだった。


 みんなでお祭りの準備をするからって。


 ちらっと教室を覗いたら、髪形もお祭り仕様にしていて、髪の毛の一部にラメやカラースプレーでメッシュ入れたり、顔に可愛めのタトゥーシールを貼ったりメイクも派手にしていた。


 過去にガッツリでちょっと怖い感じのタトゥーシールを貼って注意されたということで、ワンポイントでポップなものにとどめるという不文律がある、とあとで教えてもらったけど。


 そして、はっぴの下もお揃いのクラスTシャツ。


 前に素肌にさらしを巻いてそろえた学年もあったみたいだけど、これは嫌がる学生(主に社会人の女性)もいたので、今はクラTに落ち着いているんだって。


 先輩たちは「モンブラン祭」でもクラT着ていたから、来年までに1年生も作ろうね、とは話していたけど、ここでも活躍するんだ?


 何か、クラスでまとまっている雰囲気が、めっちゃいいなあ、なんて羨ましくなった夢歌さん。




「知ってたら、来年なんて言わずに、今年作ったのになあ」


 ちょっと悔しそうに、奈央さんが呟く。


 やっぱり、奈央さんも羨ましかったみたい。


「まあ、まあ。せっかく作るなら、しっかり相談して作ろうよ。デザインとか。先輩たちの、めっちゃ可愛いもん。3年生のって、イラストもオリジナルっぽいし」


 2年生のクラTは有名ブランドのロゴをもじって「KURIKAN」に変えてあるヤツで、それはそれでかっこいいけど。


 3年生は、「モンブラン祭」のポスターにもなっていた見覚えのある絵柄だったから、多分このために描いたものなのだと思う。


 すごく絵が上手な先輩がいるって、聞いたことあったし。


「うん、そうだね。クラTのパンフ来てたし、今から検討しよう。でも、気持ちだけは負けないぞ!」


 スイッチが入ったらしい奈央さんが握りこぶしを突き上げ叫ぶと、周りにいたクラスメートも、よく分からないまま「おー!」とそれにならってときの声を上げた。




「夢歌ちゃん、そろそろ水分配っていい?」


 熱気に浮かされた夢歌さんに、歩くんが声をかける。


 行事係は開会式前に各自にペットボトル飲料を配布し、水分摂取を促すことになっていたのを、すっかり失念していた。


「あ、そうだった! あ、油性ペン、どこに入れたっけ」


 ペットボトルは各自で持っていてもいいけど、油性ペンで記名すればリヤカーに積んだ氷を浮かべた大きな桶に戻してもいいことになってる。


「さっき、ポシェットに入れてなかった?」


「うん、そうなんだけど……」


 ゴソゴソとポシェットを探る夢歌さん。


 濡れると困るのでジッパー袋に入れたスマホ、あとはハンドタオルとポケットティッシュ、万が一のための千円札と小銭を入れた小さなジッパー袋しか入っていない。


 入れたはずの油性ペンは、見当たらない。


「外側のポケットに入れておくって言ってたよね?」


「え? ……あ、ホントだ」


 ポシェットの外側に付属したファスナー付きのポケットからペットボトルの水滴を拭くために一緒にしまった布巾で包まれた油性ペンを発見して。


「……よく見てるね。歩くん」


「そりゃあ、大好きな夢歌ちゃんのことだし……っていうか、何かするたびに声に出しているから、ついつい覚えちゃうんだよ。心の声、ダダ漏れ過ぎなんだから」


 いきなりの爆弾発言にびっくりして、でもそのあとの少しからかうような歩くんの言葉に、夢歌さん、ほんのちょっとだけ、ズキンと来る。


「もう、そういうことばっかり言うから! 歩くんってチャラいって言われるんだよ!」


 何とか冗談っぽく言い返そうとしたけれど、自分でも分かるくらい声の調子が弱い。


「……あ、ゴメン。馬鹿にしたわけじゃなくて」


「……いいよ。ホントのことだし。……みんなに水分配らなくちゃ……」


 真剣な顔つきで弁解する歩くんを振り切るように、今度はお腹の底に力を入れて、精一杯声を張り上げてクラスのみんなに呼びかける夢歌さん。


 歩くんは何か言いたげな顔で、でも黙って夢歌さんの手伝ってペットボトルを配布する。


 黙々と手伝ってくれた歩くんに、ありがとう、と言おうとして……けれど、喉に張りついて、うまく声にならない。


 それでも、なんとか言葉を絞り出そうともがいて。






「あ……」


『それでは、開会式を始めます』




 会場に響き渡る大音量のアナウンスに、夢歌さんの声は、かき消されてしまった。




 運営本部のあるステージに向き直る歩くんの背中を、夢歌さんは続く声を飲みこみ虚しい気持ちで見つめるしかできなかった。。

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