第9話 残りの雪

むかしむかしのお話。大空には数多の竜が住み、息を吐いて暮らしていた。


息は雨となり、風となり、時には雪となって地上へと降り注いだ。偉大なる竜の息吹を見た地上の人間たちは、竜を“神”として讃え、汚してはならない存在とした。風に従って船を止め、雨を数えて眠り、雪へ歌った。


ある日、ひとりの竜が人間に問うた。“自分が恐ろしいか”と。人間が『いいえ、あなたは私の大切な友人です』と答えると、“人間の目に己がどう写っているのか知りたい”、と続けた。竜の純粋な願いを受けて、人間――地上の国を統治する女王は、小さな鏡を献上する。


喜んで鏡を受け取ったはずの竜は、瞬く間に贈り物を割り砕いた。鏡に映った自分の姿が、目の前にいる美しい女王とあまりにもかけはなれて――醜く見えてしまったからだ。


以来、竜は息を吐くことを止めた。かわりに、地上からあらゆる命を吸い始めた。今まで地上に与えたぶん、地上から奪う――竜は女王に言い放った。


今後600年の間に、天地は途絶える。そんな予言に似たメッセージを残して、竜は大空へ去る。


『竜はお怒りになった。目に見えない人間の祈りは、簡単には届かないだろう』

女王は、民へ伝えた。真実を見極めなければならないと。


女王の死後。湖に沈んだ体は、大地に溶け花となり、鮮やかに芽吹いた。そして心は、小さな欠片のガラスになって、国中へ散っていった。


国のにんげんが、あまりの美しさに目を奪われる宝石――ガラスを研磨したものは、女王の心に他ならない。


「人間だけが、作られた話にも感動できる。目で見て耳で聞いたものが“作られた物語”だと知っていても、心を震わせ、涙を流すことができる。特別なことだ」

男の、肩口よりも伸びた灰色の髪が揺れる。扉の閉まっている教会の中で、声はゆっくり重く響いていた。


「ねぇ。あなたは、“ガラスになったものたち”を敵だと思う?味方だと思う?」

どっち、と囁くように問う少女の目は、ただじっと一点を――そこに居る誰かを見つめていた。



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ガラスの呼吸 なでこ @Zzz4sheep

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