第4話 薄れの記録
【私は、記者だ。】
手紙の一言めは、簡潔に記されていた。
宛名のない手紙の、中に続く文字。目に見えない時の風に流されていく、くっついて千切れない雲の群れのようだ。描かれた線があまりに美しくて、ただじっと美術品のように眺めてしまいそうだった。
人間社会は、優れたものには何かしらの意味や、価値を持たせようとする。けれどもそれらは後から付けられ、付いてくるものであって。生みの親とも呼ばれる創造主からすれば、意図していないことだ。
ましてや、体をうちひしがれるほどの衝撃・情景に出会ってしまったとき。人間は、言葉を失う。動きを忘れる。
呼吸を続け、生きることさえも。ただそこにあることが、理由、証明、全て。
【半分がガラスとなったこの世界で、私は様々な者たちに出会ってきた。】
氷のように冷たいのに、生涯溶けることなどない水槽の金魚。尾びれが動かなくなったとき、特別な飴のように固まるだろう。本来ならば、愛し合うはずだった互いの姿――それが“ガラス”という物質がわからない瞳に映らず、一羽だけで旅をする鳥。まだまだ、ここには書ききることなどできない。
まだ幼い少年には、三行めにある一文が刺さった。
【なぜ人間だけが残され、ガラスにならないのか……】
名無しの手紙を受け取った、少年の目。生まれて初めての贈り物に心が浮き立ち、意気揚々と文字の羅列を追っていた。それが、ぴたりと止まった。
紙面に淡々と記されているひとつの疑問が、少年の中にずっと眠っているものと同じだったから、かもしれない。
【私が考えるに、滅びゆく運命なのだ。ガラスになった者たちは。】
【この世で一番最後、神から六番目の命を授かった人間は、一番最後に滅びゆく……いや、最後に待っているのは、安息だったはずだ。役目を終えて、静かに身を休める時間……】
書き手の記者の、迷い。自分の中で考えうる、様々な可能性を整理しているかのようだ。ゆるやかに流れるばかりだった線の繋がりも、徐々に点に途切れ、行き先もわからぬまま走っている。
【空が透明になる前に、読んでほしい】
封筒の奥に、薄くたたまれたもの――もう一通の手紙、かと思ったが、そうではなかった。細長い紙束、手帳のような本、だ。
蝶の羽の切れ端、花の根っこ、色あせた切手。あらゆる標本が、ありのまま鮮やかに鎮座している。
【ガラスだってそう。砕ける瞬間(とき)が、一番美しい】
【人間がガラスに愛を注ぐのも、丁寧に扱わねばいつか割れ、砕けることを知っているからこそ。曇りが見えれば慌てて磨くし、常に光が届くところへ置こうとするだろう?】
【輝きを閉じ込めることなど、できないんだ。良い意味でも、逆の意味でも】
何気なく見つけ、拾った小石ひとつ。色の違う葉っぱ、食べられないけれど美味しそうな実。魅力的な発見を、毎日手のひらに握って持ち帰ってきた少年にとって、不思議でしかなかった。
どうして、大切に守っていたものですら時が経てばしおれて、つぶれて、見つけた最初とは違う姿になってしまうのか?
【探してみるといい。まだ運命に飲まれていない、輝きを】
手紙の中には、答えはなかった。
けれど、道はあった。
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