4話

 ……五時から始まった宴は、実に九時半まで続いた。店を出ると、見事な酔っ払いが二人出来上がっていた。明日が移動だけでよかった。まぁ、明日が移動だけだから、ここまでグダッと飲めたわけだが。

 そういえば、飲みの席で彼は重要なことを言っていたのを、酔っ払いの頭で思い出す。


「ところでキリル。新しいクワド練習中ってさっき言ってたけど」

「ああ。あれは本当だよ。今は、クワドフリップを練習してる。やっぱ難しいし、これを飛んじゃう若い子達はすごいなー。尊敬するよ」


 彼が持っているクワドは、トウループの一種類のみだ。二十代前半は怪我が多く、思うようにほかのクワドが練習できなかった。新しい技術、特にジャンプは年を重ねるにつれて習得しづらくなる。理由は主に、アスリートの肉体的な問題で。二十六歳で新しいクワドを習得するのは、相当の覚悟がいるはずだ。

 そんな弟分に敬意を評して。


「じゃあさ、もしキリルがクワドフリップを試合でちゃんと決めたらさ。スパークリングワインもってお祝いに行くよ」

「……そこはシャンパンにしませんか?」

「いやー、さっきシャンパンじゃないのを弄ったけど、よくよく考えれば、シャンパンってシャンパーニュ地方で作られたスパークリングのことだから、同じでしょ」

「じゃあまぁ、待ってますし、頑張ります。その前に振り付け忘れないでくださいよ」

「わかってるって」

「どうかなー。マサチカは忘れっぽいからなぁー」


 酔っ払いが二人、生ぬるい夏の街を歩いていく。夏の夜空は、冬ほど澄み切ってはいない。空気がどことなくざわついて、忙しない。アスファルトの熱が、生活の熱気と混ざり合う。騒がしい夏の熱は、人それぞれの在り様を示しているようだった。

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お祝いはスパークリングワインで 神山雪 @chiyokoraito

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