ひとりですると呪われる村に生まれて

真野てん

第1話

 思えばそれをすると心に決めてから、世界の様子がおかしくなった。


「おまえひとりで〇〇するってマジかよ? やめとけってやばいから」


 そう声を掛けてくれたのは、お互いの物心がつくまえからの古い付き合いになる無二の親友ケンタであった。


「――あ、ああでも、もう決めたから……。そんなことよりもケンタ、もう一度さっきと同じこと言ってくれない?」


「あ? だからやめとけって」


「や、そのまえ」


「そのまえっておまえ……。あ! おまえもう〇〇って言葉聞こえなくなってるんじゃねえのか? やっべ! 呪いはじまってんじゃんっ。だからやめろって言ったのに!」


 ケンタの指摘は正しかった。

 すでにぼくの耳には〇〇という言葉が聞こえなくなっている。


 その事実を確信した瞬間、ぼくは全身の毛穴が押し開かれるような恐怖を覚えた。


 ケンタは続けて何か大事なことをぼくに言っているらしいが、ショックのあまりに内容がうまく理解できなかった。

 池の鯉にエサをあげているような感覚だ。

 水面へあがってきた鯉たちが、口をパクパクとさせているみたいな。


「おい、おい、〇〇って! しっかりしろ!」


「あ……」


「なんだ! こんどはどうした!」


「な、なまえ……自分のなまえも聞こえなくなった――」


「はぁ? ったくマジかよっ。こえーわっ」


「ど、どうしよう……」


 ぼくたちの村には古い言い伝えがあった。

 人生で初めて〇〇をするときは必ず複数人で行うようにと。

 もしそのしきたりを破るようなことがあれば、その者は徐々に言葉を失い、やがて存在すらしなくなる。


 ずっと迷信だと思っていた。

 親の言うことをきかないやんちゃ坊主に年寄りが聞かせる昔話の類だと。


 だがそんな非科学的なことが、いま実際にぼくの身に降りかかっている。

 どうしたらいいのか――。

 どうしたら――。


 すると〇〇は、ぼくの手を取って走り出した。

 はっ――。

 なんてことだ、こんどは〇〇のなまえさえ分からなくなっている!


「い〇か? いま〇ら駄菓子屋のばあ〇ゃんとこ行くぞ。もうお〇え、だいぶ言葉が分から〇くなってきてんだ〇? 急〇〇いと……」


 駄菓子〇〇のばあ〇〇んというのは、この村で一〇の年寄りで、古いおま〇ないや昔ばなしを〇く知っているひと〇。

 たしかに彼女なら〇〇〇〇してくれる〇しれ〇――。


 まずい――。

 ど〇〇〇〇〇が〇〇ってい〇――。


「〇〇〇だ、〇〇に〇〇〇〇〇〇し〇〇んで大丈〇〇〇!」


 必死に語〇〇〇てく〇〇〇だったが、ぼ〇はすでに多〇〇〇〇を失〇〇〇る。

 このま〇〇〇は、存在〇〇く〇〇〇も時間〇〇題だろう。


「〇〇〇! 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇が〇〇! な〇〇〇〇〇〇〇――」


 声〇〇――もうだ〇〇〇――。


 ――。





 〇――。


 〇〇〇――。


 おーい! 〇〇ト――!。


「起きろよ、マコト! おーいってば!」


 ケンタの声が聞こえる。

 言ってることのすべてが分かる。


「はっ」


「『はっ』じゃねえんだよ、心配させやがって!」


 気が付くとぼくは駄菓子屋のばあさんの家の居間に寝かされていた。

 目の前には涙目になっているケンタの顔と、昼のワイドショーを見ながらお煎餅をかじっている紫パーマのおばあさんの後ろ姿があった。


「た、助かったの……か?」


「おおよ! もう大丈夫だって、ばあさんのお墨付きだよ!」


「一体どうやって……」


 すると駄菓子屋のばあさんがぼくの背中へとまわり、気を失っている間に貼られていたのであろうお札をはがした。

 何やら奇妙な文字やら図形やらが描いているが、ぼくにはさっぱりだ。


「昔っからおまえさんのようなガキがちょいちょいおる。そろそろ引退しようかと思っておったが、そうもいかんようじゃわい。ひっひっひ」


 前歯の抜けたばあさんの顔が、そのときほど頼もしく感じたことはない。

 あまりにも不思議な体験だったので、これまでのことが全部夢だったんじゃないかと思い始めたころ、ケンタのヤツがぼくの肩を叩いて言った。


「ひとりで抜け駆けしようとするからだぜ」


「あ、ああ……でもさっさと済ませたくって……」


「だったら、今度はおれがつきやってやんよ」


「え? でもケンタもう済ませたって……うそだったの?」


 ケンタは照れくさそうに鼻を頭をかいている。

 なんだよ。

 ぼくは早くおまえに追い付こうと思って無茶しようとしたのに――だってぼくにはおまえしか友達がいないんだ。だから焦って、ひとりでやろうと――。


「おれたちはこれからも一緒だぜ」


「――うん」


 そう言ってぼくたちは、ふたりで駄菓子屋をあとにした。

 このあと何をしたのかは、ぼくたちだけの秘密――。



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