油の中を必死にもがいて進んだ先には、油の海が待っていた

男が、殺してしまった妻の死体を始末する話。
「取り憑かれる」というのは怪談では常套句ですが、この言葉の持つ恐ろしさを改めて考えさせられます。どれだけあらがっても全てが徒労に終わり、ゆっくりと確実に事態が悪化していき、決して逃れられない。まるで油のように粘度の高い液体の中で、もがきながら沈んでいくような息苦しさを覚えます。解決の糸口を求めて何度行動を起こしても、絶望、絶望、絶望…
舞台の大半は湖に浮かぶボートの上で展開され、ひたすら絶望を突き付けられるばかりにもかかわらずこの物語が鬱的に冗長にならないのは、動と静の対比が鮮やかに描かれているからでしょう。興奮と鎮静、あらがいと諦め、覚醒と混濁、美しいものと醜いもの、生者と死者。これらが繰り返し鮮やかに描き出され、物語に緊張感を与えます。
動と静を繰り返すほど、ゴロリゴロリと緩やかな坂道を転がっていくように主人公の中に少しずつ狂気が育ちはじめ、破滅へと向かっていく恐怖に戦慄します。