あの頃は良かった
きょんきょん
ファンは大事に
「昨日、渋谷区の路上で男性の遺体が発見されました。腹部には数ヶ所刺し傷が確認されたことから怨恨による殺人事件だと――」
ワイドショーでは連日ひっきりなしに連続殺人事件が取り沙汰されている。
遺体には「天罰」と鋭利な刃物でメッセージが残されていることがより一層報道に拍車をかけ、今もコメンテーターや元刑事、犯罪心理学者達が
「こういう事件を引き起こさせる社会が――」
「犯罪心理学の立場からいうと――」
「現場の捜査官の無能さが――」
わたしはリモコンを手に取ると電源を消した。
この一週間、私がSNSで呟いた通りの事が起きていることに、TVではとても見せられないような笑みを浮かべ一人祝杯を挙げていた。
何処の誰だかわからないけど、良い仕事をしてくれる。
あの日、つい漏らした一言がこんなことになるなんて――今ならどんなキモオタども相手でも満面の笑みでハグができる自信がある。
グラスを傾け、一息にビールを呷った。
地下アイドルとしてデビューした十代は、希望しかなかった。努力すれば、今は売れていなくてもいつか花が咲くはずと。
成人を迎えると焦りが生まれてきた。歌えども踊れどもメジャーデビューなど視界の片隅もに入らず、昔の親友は堅実に働き始めていたから。それでもがむしゃらだった。
二十代半ばに差し掛かると、この数年間泣かず飛ばずだった自分に才能はないのでは、と、考える時間が増えた。
機械的に仕事をしていた。
ついでに肌のハリは減った。
そんな折に酔った勢いで書いたブログ、といっても誰も見てはいないが、不満を書き綴ったのだ。
<ほんとプロデューサー役立たず>
たった一言。それだけだったのに――
その日のうちに以前からムカついていた無能なプロデューサーが滅多刺しにされて殺害されたとマネージャーから聞かされたときは驚きのあまりガッツポーズをとりそうになってしまった。
そのときはまさか偶然だと決めつけていたのだが、その日にたまたま友人とのやり取りの中で「ウザイ追っかけがいる」と話したら、その日のうちに同じように件のおっかけが滅多刺しにされて殺害されたと報道で知った。
TVでは具体的な交遊関係などは話していないが、身内では業界のなかに犯人がいるのではと囁かれている。
警察も人海戦術で捜査に当たっていて、私の元にもアリバイを訊ねに捜査官がやってきたが、もちろん不審な点など見つかるわけもなく心の中でざまあみろと笑ってやった。
その後もムカつく連中を片っ端からSNSに書き込んでいってはダレカの手によって消されていき、先頭を走っていたアイドルグループは解散に追い込まれるまで人員不足に陥っていた。
私にやっとメジャーデビューの切符が回ってきた――これまでアイドルを続けてきて良かったと心底喜び、一気に登録者数が増えた動画の生配信を始める。
もちろん営業スマイルで。
配信中も軽快なトークでファンの心を掴み、固定ファンの地盤を固くする一方で新規のファンを取り込むあざとさも演出する。
完璧だった。これからは私の時代だ――
<すっかり変わってしまいましたね>
は?なんだこいつ……。
コメント欄に意味ありげな書き込みが一つ追加された。
それまで順調にいっていた配信に水を差されたようで、思わず目尻に小皺が寄ってしまった。危ない危ない。
<あの頃のあなたは輝いていたのに>
まあ一定数いるあの頃は良かったってタイプのファンだろうと、さして気にも留めていなかった。
その間も書き込みは増えていく。
<昔はもっと純粋だった>
<君が悩んでるだけで僕も辛かった>
<ただ手助けがしたかった>
<だからこの手も汚した>
<真っ赤に>
<何人も>
<殺した>
ヤバイ!コイツ一連の殺人犯だ。
そう確信したときには他のファンもざわめき始め、110番したとか煽るような輩が続出する事態となり、配信を止めようとしたそのとき――
ピンポーン
インターフォンが鳴った。
<僕は君の役に立てたらそれだけで良かった>
足音を気取られないようにモニターを覗く。
<それなのに君は変わってしまった>
「ひっ!」
<あの頃の尊い君に戻ってもらおう>
「ちょ、なんで鍵を持って」
<どうしたらいいかな>
<初めからやり直したほうがいいかな>
<そうだ、そうしよう>
<やれやれ>
<なんだなんだオモシロ動画か>
<これやばいんじゃ>
「お願い!殺さないで!私が悪かったかギャ」
<バキ><バキ><バキ><バキ>
「ふー。これであの頃の尊い君に戻ってくれるかな」
翌日、マンションの一室で女性の遺体が発見された。
その体には天罰と刻まれていたという。
あの頃は良かった きょんきょん @kyosuke11920212
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