自作ロスに陥った作家たちは如何にして過去作を手放し新作を書き始めるか
つるよしの
実はヒット作が生まれる裏側ってこんなもんじゃない、とか思ったり思わなかったり
某月某日、都内、某ホテルのセミナールームにて。
私をはじめとした作家仲間が、編集からの命令で、一堂に集められた。
「今日、ここに集まってもらった皆さんは、自分の過去作品に対する愛着が過ぎる現象、いわゆる、自作ロスに陥って、新しい作品に取りかかれないという共通の悩みを抱えています。このセミナーはその悩みを解消するためのものです」
講師がにこやかに告げる。集まった私をはじめとした作家は、うんうんと頷く。まさにその通りだからだ。
「自作ロスに陥っている原因は、自作への愛が高すぎる、つまりは自己愛の賜物です。まずはこれをなくすことから始めましょう」
私たちは、一斉に、過去作を投稿したサイトにPCでアクセスし、作品を映し出す。それを見て講師が告げる。
「そこには読者からの応援メッセージが数多く記載されていることでしょう。この読者からの愛、これがいちばんの新作への障壁なのです。まずはそれをひとつひとつ消去しましょう」
そう言われれば仕方ない。私たちは心を鬼にし、涙を流しながら、応援メッセージの削除ボタンを押す。
「次に、応援メッセージの中にも、時に誹謗中傷がありますね。それらは残しましょう。酷評のレビューも対象ですよ。そしてその内容を深く読み込みましょう。心に刻むのです」
これはなかなかの苦行だ。額に冷や汗が吹き出たが、私はそれをハンカチで拭いながら、それまで目を背けていたアンチからの書き込みを、食い入るように見つめる。
「アイデアはよいが、筆力がついて行ってない」
「どこかで見たような話」
「誤字脱字をなんとかしてからものを書いてください」
「序盤は面白かったが、つまらなくなったので、ここで読むのやめます」
……く、くるしい。さらに、私たちはそれを声に出して朗読するように講師から促される。
室内にアンチの罵詈雑言が木霊する。
だが、まだまだ、講師は容赦ない。
「隣の人のも、お互いに読みあいましょうねー」
「面白くねーよ、ボケ、カス」
「自己満足、乙」
私は隣の作家のアンチからの書き込みを見て、思わず同情した。
「うわあぁ、こんなひどい誹謗中傷を書かれたんですね」
隣の作家は、号泣せんばかりに声を震わす。
「ええ、これはさすがに心が折れましたよ」
そういいながらも私たちはそれをお互い音読する。各所からすすり泣きの声が聞こえる。
「どうでしょう、みなさん、少しは、過去作から、いい加減に解脱できましたでしょうか。それでは、新作に取りかかることにしましょう。これをかぶってください」
そこで講師から、各人、なにやらヘルメットのような装置を渡される。
作家たちは、戸惑いながらもそれを無言で、頭に装着した。
「この装置は、脳に刺激を与え、その内部から新しい物語の核となりそうな単語を、皆さんの意識にランダムに抽出するものです」
……途端に私の意識の中で、火花がスパークするかのように、単語が浮かんでは消える。
私はあわてて、それらの言葉をノートに書き留めた。
ちなみに私のノートに書かれた単語は
ラブコメ
SF
NTR
幼馴染
魔王
ディストピア
スペースオペラ
無双
だった。
「その単語を組みあわせることで、新作のアイデアが浮かぶはずです。さあ、その単語を並び替えたりこねくり回して、アイデアを練ってみましょう」
そういわれても、と言いたくなる声を飲み込んで、私は無理やりその単語からひねり出した物語のあらすじを綴ってみる。
……30分後、以下のような文がノートには記されていた。
「宇宙歴3098年、人類は長い戦いによりその数が激減したため、NTRが合法化されることとなった。そんなある日、僕のもとには幼馴染がやってくる。彼女は言った。私をNTRってほしいと。それまで僕の家に同居するというのだ。だが、その幼馴染の相手とは、銀河を支配する魔王で……。僕は彼女の願いを叶えるべく、その魔王にスペースシップで戦いを挑み宇宙を無双する」
講師が私のノートをのぞき込んで叫ぶ。
「すばらしい! もうあらすじが、できちゃったじゃないですか。みなさん、その調子ですよ! これをお手本に頑張るのです! 作品、ことに新作にまず、肝心なのは、オリジナリティや個性ではありません。むしろ、まずは、もう読み飽きられた、ありきたりの設定をいかに組む合わせるか、なのです。そこに後からオリジナリティや個性を、エッセンスとして加えることで、自分の作品として発表できるのです。わかりますか? このようにして、これまでも多くのヒット作が、生み出されてきたのですよ!」
そして講師は私に向かってほほ笑んだ。
「さあ、新作までここまで浮かべば、もうあなたは大丈夫。家に帰ってよいですよ。そしてここで生まれたプロットをもとに、執筆に励んでください。おめでとう!」
すると、講師に倣って、作家仲間たちも、私に向かって、
「おめでとう」
「おめでとう」
と一斉に口々に叫ぶ。
こうして私はホテルの一室を後にした。
あとの仲間がどうなったかは、寡聞にして、私は知らない。
数か月後、私の新作『魔王さま、いきなり同居してきた幼馴染をNTRっていいですか? と言ったら断られたので、僕はスペースシップに乗って戦いを挑み宇宙を無双する』は空前の大ヒット作(当社比)となった。
今日も私のもとには、小説家志望の若者が訪れて、こう尋ねる。
「どうしてこのような作品が浮かんだのですか?」
私は答える。
「いやあ、オリジナリティと個性、それしかないよ、創作の核になるものは」
自作ロスに陥った作家たちは如何にして過去作を手放し新作を書き始めるか つるよしの @tsuru_yoshino
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