雨の声 その五
お、そうや。何分かかるか時間見とこっと。
「何分かかるか、時間を見ていてあげる」
ぐっ、何やと!? 心を読まれたんか!? ま、まぁ、有難いから二度ほど頷いて『お願い』と伝えたみた。
何で食べられへんモンを
ここで私は気付いてしもうた。これは、変な顔になるやないの。私の変な顔が、もっと変になっているのは必至や。見られてたまるかいな。
私は
「一分経過」
悠士さんの声が、背中を
待って、これ。どの結び方が正解なん? 四通りほど思い付いたけど、これの何がキスの上手さと結び付く訳? とりあえず、結びやすいように
せやけど、意外にサクランボの味が残ってるモンやね。軽く噛んだり、調子に乗ってめれめれ舐めてたら舌が痛くなってきた。
「二分経過」
遊んどる場合と
「ん~」
悠士さんに向き直り、口元で閉じていた両手を開いた。行儀悪いけど、悠士さんみたいに
「
ほぅ、良かった。何度か途中で
せや。何分で結べたんやろう? 時計を見ようと、視線を動かした瞬間。
私の視界は時刻を表示する時計盤の数字ではなく、急接近した悠士さんの顔に占拠された。ピアノが似合う細くて長い悠士さんの指が、私の
うっわ。悠士さんの舌、
確かに、悠士さんのキスの上手さと、サクランボの一重結びは納得できる。激しくても
アカン、あきまへんって! 夜になる前に、私の方からおねだりしてしまいそうになる。
私は身体を反らすと同時に、悠士さんの手と唇から脱出に成功した。生じた隙間から腕を差し込み、欲望から物理的に距離を取る。
「はい、おしまい」
セリフにするとシンプルやけど、整える息とだらしない顔を見られないように伏せたので声が歪んだ。
「友希さんの成果、味わい足りないんだけどな」
負けず劣らず、悠士さんの艶やかな声で誘われる。
「夜まで待って欲しいな。夕食もお風呂も済ませて、整えてからの方が良いんだけど、ダメかな?」
悠士さんとの【
今回の上京なんか『ただいま』からの玄関で襲われたからな。こんなん、聞いた話や画面の向こう側だけの話やと思ってたのに。まさか我が身に起きるとは。
まぁ、それでも最初に交わしたの約束は果たしてくれはったからこそ、悠士さんとの信頼における
「うん、分かった」
何やろう。悠士さんの方が、恥ずかしそうにしてはるように見える。火ぃが着いた男の人には、かなり酷なお願いをしてるのは重々承知してる。自身の欲望より私の都合を、こうやって叶えてくれるのは、本当に有難いわ。
「有難う。その代わり、夜は今の続きに思い切り応えるからね」
今度こそ、悠士さんは私から顔ごと反らしてしまった。うん? 気のせいか、反らす前の顔が赤かった気がする。
あぁ。気がする、の理由が分かった。眼鏡のレンズに悠士さんの皮脂が走ってたわ。眼鏡を片手で外して、もう片方の手はそろそろ飲み頃になっている珈琲に向けた。一口、珈琲を飲みくだしたところで、悠士さんが声をかけてくる。
「眼鏡、ごめんね。痛いところとか、ない?」
「うん、大丈夫。眼鏡も壊れていないよ」
「あの、それと」
悠士さんが、私から言い淀んでいる。何やろう? 言いにくそうな気配がするけど。
「わ、悪い。俺、そんなに臭かった?」
「違う違う、悠士くんが私の水分を持って行くから、
顔色も元通りの悠士さんは、心底ホッとした表情になった。キスの後に、美味しそうに珈琲を飲んだからか? 日本人は相手や自身を問わず、匂いに対する気遣いが病的だと思う。生きていれば代謝するし、匂うのは当たり前なのに。気遣いや一般常識の境界線はあるとしても、過敏になりすぎなのはいかがなもんやろう。
「もし、口臭が気になるなら唾液で湿らせておけば良いんだよ。唾液が乾くと、まぁまぁ臭うでしょ?
言いながら、私の口元で立てた人差し指で円を描く。
「よく、口内は雑菌だらけ~って、殺菌・消臭アイテムは多いけれど、悪い菌ばかりじゃないからね。ミントも爽快感や一時的な消臭効果はあっても、結局のところ口内の乾燥を招くから多用は禁物。とは言っても、歯磨き習慣は大切だから怠ってダメ。大切なのはバランスよ。と言っても、これは動画やTVの受け売り」
って、あれ? 得意になって
あまりにも子供っぽい失態に気付いてしまった。悠士さんには悪いが、すぐ立ち上がる。白地に、橙色の文字で書かれているが崩れているので模様にしか見えない『明日は我が身』とプリントされた半袖シャツを
「どうした?」
「ごめんね、
「か、かへい?」
「皆がサクランボのじくとかくきと呼んでいる所。
「それなら、俺が食べたよ。さっき、友希さんにキスした時に唾液と一緒にいただきました」
「んん?」
本日、何度目になるんやろう。変な声で返事をしてしもうた。
おとなのかのじょ ~おとかの~ 八住 とき @convallaria
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