ミリカパルカの十字架

柳なつき

親友

 その子が直観すると、十字架が生える。

 十字架は、世界のしあわせのあかし。

 そうと判明したときに、人類は大変よろこんだものでした。


 神なる子とうたわれました。天使ともいわれました。果ては聖母と。なんでもよかったのでしょう。しあわせならばなんでもよろしい世のなかなのです。しあわせふうけいを見せてくれる者こそが神で天使で聖母なのです、めちゃくちゃですよと大昔のひとは怒りますか? でもだから人類はしあわせでなかったわけでしょう永らく。しあわせふうけいを得た私たちは、だからなんでも、よいのです。



 まるで太古のおとぎ話を真似して。

 そうも、語りたくなる。


 私はその子の親友で。

 その子が頭からどんと十字架をはじめて生やしたとき、隣にいた。


「……ねえ、レンちゃん、どうしようこれ」


 その子は、――ううん私の親友ミリカパルカは、おびえて笑った。ちょうど算数の宿題を帰り道にいっしょに解いていたのだった。ふわり、ふわりと、白、ピンク、ちょっとだけ水色の浮き雲みたいな、街と通学路。

 街にも通学路にも負けない、もこもこの可愛いひつじ服を着ていたミリカパルカの頭には、ずん、と大きな棒が、載っていた。ううん生やしていたのだ。

 ピンク色の空に銀色の棒がきらきらと輝いていた。

 算数の答えをミリカパルカは直観した。

 数学的才能が、ミリカパルカにはあった。



 でもみんな知らないことがある。

 ミリカパルカの十字架は、最初から十字架だったわけじゃない。

 ただのまっすぐな棒だった。

 そこに、横の棒はなかった――ただの棒を聖なる十字とするには、かならず必要なのに。



 ミリカパルカはその日からただの少女ではいられなくなった。

 彼女がなにか数学的結論を導くたびに、ずん、と棒が生えた。

 ミリカパルカの才能は劇的なもので、世界全体を変えてしまった。もっとしあわせがほしい、しあわせがほしい。そんなしあわせふうけいの世のなかに彼女の才能はとってもとっても歓迎された。もっと世界をよくするから。もっとしあわせになれるから。

 私はそんな親友をいつもユニコーンのアイスキャンデーを舐めて見ていた。レンちゃん。彼女が振り向けばいつでも、もうひとつのアイスキャンデーを差し出した。


 ミリカパルカが直観するたびに世界はもっとエコにクリーンに。そして発展した。ずん。ずん。ずん。棒も増えていった。


 ミリカパルカひとりの才能で世界をつくって発展させる基礎となる理論がすべてカバーできてしまったから、仕事がなくなるひとがたくさん出てきた。それはもちろん喜ばしいことだった。人類は、仕事がないほうがしあわせだから。

 でもそういうひとたちはミリカパルカにすごく感謝していたから、自分たちの善意的意思にもとづいて、ミリカパルカの棒を十字架のかたちにしはじめた。ミリカパルカの偉大なる才能をたたえるために。彼女の直観のあかしである棒に横棒を通して、通し続けて、ひとつひとつを十字架のかたちに変えはじめた。

 ミリカパルカ直観才能発展事業として、たくさんのひとびとによるその仕事はしあわせ認定を受けた。ミリカパルカは最初から、棒ではなくて十字架を生やすのだという設定になって、しあわせなひとびとは心底信じた。


 私は中学校にあがってもユニコーンのアイスキャンデーを舐めながら、もう隣にいることのできなくなったミリカパルカの生きているあかしを見上げて登下校した。たくさんのひとびとが群がっている。蟻のように、ミリカパルカの生み出した棒を美しい十字架に変えている。十字架は畑のうえにも雲の大地のうえにも続く。どこまでも続く。青空にもとどく。地を駆けたくなったらきっとずっとミリカパルカの十字架がついてくる。新しい原風景ねとすれ違ったお姉さんがなんでか私に笑いかけてきた。



 十字架は毎日増え続ける。それだけが、ミリカパルカがおなじ世界に生きていることを私に知らせてくれる。

 ある日思った。アイスキャンデーがしょっぱい。ユニコーンのアイスキャンデーをしょっぱく感じはじめたら、もう子どもじゃないってことだから、そろそろホーリネスのアイスキャンデーを試さなければいけない。

 そう思ったとき私はすでに中学卒業を控えていて、――ミリカパルカが直観力によって十字架を生み出す存在になってから、早五年だった。



 とけて、とけて、とけていける。この世界といっしょになっていける。そのことがいちばんの、しあわせふうけいなのかもしれないよって、やっぱりいま通りすがりの小人がなんでか私に言った。

 私のしあわせふうけいは、なんなのだろう。

 いずれ大人になれば、やっぱり、とけあいたいと思うのだろうか。

 でもアイスキャンデーをミリカパルカにあげたかった。

 ユニコーンのアイスキャンデーの甘い季節を、ミリカパルカのとなりで、過ごしてみたかった、な。そんなちっぽけな幸せはきっと、……ゆるされは、しないんだろうな。



 ミリカパルカはたくさんのひとびとに、しあわせふうけいを見せた。

 でも、ミリカパルカのしあわせふうけいは、なんだったんだろうな。



 もう遠くいった彼女には、尋ねようもない。

 彼女はもう、ひとを超えたのだ。

 神と天使と聖母ととにかく、お空の上にいるひとたちとおんなじ席の存在に、なってしまったのだ。




 いつもの通学路、畑の風景に。

 巨大な十字架が、ずん、と生えた。

 ミリカパルカがまたなにか、深淵な数学的真理を直観したのだろう。またひとつ、世界をしあわせにしたのだろう。どこからか湧き出てきた無数のひとびとが、世界じゅうに響きわたるような歓喜の叫び声をあげて、ミリカパルカの十字架にすがりついて、崇拝の儀式をはじめて、ロープをつけて登りはじめた。


 いつのまにかミリカパルカの十字架は、他人に修復されずとも、自然と完全な十字架として生えてくるようになっていた。どうしてだろうか、でもひとを超えてしまった存在の思考は、もう私にはわからないんだろうな。ミリカパルカが、……ちっちゃなときみたいに、となりにいて、はにかんで、教えてくれればいいのにな。


 私は、もうしょっぱくてしょっぱくて食えたものではないユニコーンのアイスキャンデーを、空高くかかげた。

 天高くそびえるミリカパルカの十字架が光る。



 あの子の才能さえなければずっととなりで私たち、友達でいられた。

 だから、これは。私の親友だった、あの子への手向け。



 ミリカパルカは、理解してくれただろうか。

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ミリカパルカの十字架 柳なつき @natsuki0710

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