BLが苦手だったわたしへ

おい、こら! 去年の自分!
というか、数か月前の自分!

――は、はい。

おまえ、BLは苦手だと言っていたな?

――いかにも。
あ、水城せとな『窮鼠はチーズの夢を見る』『俎上の鯉は二度跳ねる』くらいは読んでますよ、教養として。

それでだいたいわかったような気になって、またBLから距離を置いていたんだよな?

――いかにも。

そんなおまえがだ、BLコメディ長編『月のかたちと二人のかたち』にどハマリして、更新のたびに飛びついて読むことになるんだ!

――な、なんと……!

暑苦しいコメント付けたり賞に出せと焚きつけたりすることになるんだぞ!

――……!(絶句)

どういう変化なんだ、なあ、気になるだろう!
いや自分でもびっくりだわ!

――ど、どういう物語なんすか、それは……(ごくり)。

ざっくり言えば、社会人男性の山本が狼男の隣人・田中に月夜にナンパされて、ノンケだったのにぐいぐい惹かれてゆくラブストーリーだ。

――情報量多いっすね。

とにかくふたりの会話が軽妙洒脱で、ベタッとしたところがないんだ。語りの部分もテンポよく軽やかにさくさく進んでいって、親密になってゆく描写もすごく自然だから、気づけば完全にふたりの世界の観察者になっているぞ!

――わたしがですか。

そうだ。「壁や天井になってふたりをひっそり見守っていたい」と願うようになったり、台詞のひとつひとつにキュン死にしそうになって、「ああああああああああああああああ!」などと悶絶コメントをしているぞ。

――……腐女子じゃないすか、それ。

設定は非現実的なのに、力まない、自然体のキャラがいかにもその辺にいそうなもんだから、するっと入りこめてキャラ萌えしたんだな。文体も天才的に信頼できるセンスが貫いているし。
どんなジャンルか、より、何がどんな風に書かれているかを基準に読むものを決めること。それがいちばん大事と気づかせてもらったわけだ。

――ちょっと大事マンブラザースバンド入ってましたね。
若いユーザーに伝わらない小ネタはやめたほうが。

いやあしかしこの作品、書籍化して素敵な装画がついて書店の文庫新刊コーナーに平積みされている未来しか見えないんだ、コアなファンをどっさり獲得して界隈に飛び火してさらにガッと人気が出て、BL文芸の金字塔になるんだ、信じてる。

――……わたしも信じます。
その文庫を付箋まみれにして貪り読む未来が目に見えるようです。