この物語は、あまりに有名な作者のパーソナルな情報をいったん脇へ置いて鑑賞したい。
あらすじはいたってシンプルだ。
この世で初めてのネコが、海岸で空を見上げている。
ネコは自分がネコと呼ばれる存在であることも認識しておらず、自分が何をすべきかもわからない。
鳥に導かれてイヌたちに引き合わされ、そして自分の「したいこと」に気づく。
一見簡単に見えるシンプルな起承転結は、言葉のひとつひとつが丁寧に選び抜かれているからこそ散漫にならず、生きる意味への豊かな着眼によって印象的な物語に仕上げられている。
"波の音にもあきたのでしょう"という短いフレーズひとつとっても、そのまま短歌の下の句になりそうなポエジーが横溢している。
言葉というものを長いことを扱ってきた人の手によるものだとすぐにわかる。
"ネコは、とりあえずしっぽを振ってみました。
特別おもしろいという訳ではありませんでしたが、なんとなく気持ちは
落ち着きました。
鳥は不思議そうに、ネコのすることをじっと見ていました"
幼児に読み聞かせられるほどやさしい言葉だけで構成されているのに、なぜだろう、読めば読むほど書き手の胸にぽつりと小さな焦燥が生まれる。
こんなに無駄をそぎ落としてエッセンスだけで紡ぐようなスキルが、自分にはあるだろうか?
言葉の材料を脳内だけで調達せず、五感をフルに使って書けているだろうか?
リーダビリティを維持しながらベタでありきたりになりそうな展開を鮮やかに回避するセンスには脱帽するほかない。
"そのうちイヌ達も少し飽きてきたのでしょう、だんだんネコを構わないようになってきました"
イヌもネコもそしてサルも、人間のメタファーとして扱われていることは明確だが、一般的な童話にはあまり見られない角度にハッとさせられる。その連続のうちに、物語は軽やかにラストへ着地する。
第四話の「したいことが見つかった」というタイトルに、いわゆる自分探し的な展開を予想した愚かさを今は嘆いている。
柔らかな手触りの奥に、人生というものへのあたたかな眼差しと、シンプルで普遍的なメッセージが息づいている。
書き手としても、窮屈な社会を生きる疲れた大人としても、原点回帰させてくれる作品である。
今、出会えてよかったとしみじみ思う。
この物語を必要としている人がどれだけ多いことだろう。然るべき方面に届いてほしいと切に願っている。