孫もいるほどの年齢の既婚男性が、雪のように儚げで美しい女性と恋に落ちる――。
あらすじだけ抜き書きすれば男性に都合のよすぎる大衆向けドラマのようにも思えるが、その美しく繊細な文章をたどればすぐにわかる。これこそが純文学だと。
妻も子も、孫すらいるのに、恋という危ういものを自覚してしまった戸惑い。
相手を消費してしまうことへのためらいや罪悪感。
心の通じ合った悦びや、届いた文を開くときの高揚。
どんなに抱き合っても飽きるどころかますますのめりこんでしまう不可抗力。
作者独特の筆致で、ウェッティーな内容を淡々と、過不足なく描写してゆく。
一人称であるにもかかわらずどこか突き放したような視点が、妙に心地よくするすると読み進められる理由でもあるだろう。
最終話は怒涛の展開すぎて、もう少し分けて読みたい気もしたが、純文学におけるエンタメ性というものにぎりぎりまで手を伸ばしたゆえの作為ともとれる。
読了後しばらくは言葉が出てこないほど忘我していた。
自分の夫にもこのような未来が待ち受けているかもしれないと思わせるほどのリアリティーが、そこにあった。