濃厚なブランデーケーキのような

”真実の少し暗い瞳に、結子はふと恐ろしさが甦った。
この弟に好きだと言われ、抱きしめられた夜の恐怖。
恐怖と、もう一つの何か。”

この小説には大人をぞくりとさせるフレーズが散りばめられています。
なにげない描写にもいっさいの無駄がなく、一話が長いのに少しの中だるみもなく、緊張感を孕んだまま揺らめく情念を淡々と描いてゆきます。


ある日突然弟に告白された、社会人の姉。
困惑し恐怖しつつも、自分の中にある”何か”に結子は気づいています。
そのことは冒頭「はじめに」に独白のかたちで明かされているのですが、その見せかた、構成がまた巧みです。
モノローグの使い方や語り手の切り替えのセンス、完璧な筆力にうなりながら、読者は震える指でページをめくってゆくことになるのです。
けしてウエットでなく抑制された文体だからこそ、ふたりの激しい感情の動きが際立ちます。

近親相姦というタグが付けられているし、キャッチコピーにも作品情報に思いっきり「愛し合ってしまった姉と弟」であると明記されているにもかかわらず、だめだよだめだよと震えがくるし、それでいて突き進んでほしいと願ってしまう。
そういうアンビバレントな感情を引き起こされつつ、しくしく痛む胸を押さえ、時に立ち止まって自分の心と対話しながら読み進めました。

そして待ち受ける結末の、意外にして圧倒的な説得力。
このふたりならこうするだろうというイメージからブレずに、しかし予想は軽やかに裏切りながら、作者はそっと差しだしてみせます。
苦しくて、暗くて、しょっぱくて、甘やかなふたりの選択を。

長い間大切に言葉を扱ってきたひとであることのわかる精緻な筆致と高い文学性、そして禁断の愛。
まるで高濃度のブランデーを使ったケーキのように少しずつ胃に落とし込みながら、余すことなく味わってほしい至高の一作です。

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