いつか時の彼方に 第1部ー1

狩野晃翔《かのうこうしょう》

第7話

              ■


 ぼくがまだ十八歳だった頃

 日曜日ともなれば 馴染みのバイク屋に行き

 バイク仲間や店のスタッフと バイク談義に花を咲かせたり

 店頭のバイクを眺めては

 その日一日を過ごしていた


 ちょうど今頃の春

 やはりぼくたちがバイク屋でたむろしていたとき

 通り過ぎのお爺ちゃんが 笑顔で声をかけてきたことがあった


 やっとバイクの季節になりましたね


 その言葉に ぼくたちは顔を見合わせて 

 照れ笑いするしかなかったのだが

 その後ろ姿を見送りながらぼくは

 そのお爺ちゃんも若い頃メグロとか陸王とかのバイクに乗り

 季節を楽しんでいたんだなと思った


 ああ 季節がさらに巡って ぼくもお爺ちゃんになって

 今頃の季節になったころ

 ぼくも街のバイク屋でたむろしている若者たちに

 笑顔で声をかけたいと思う


 やっとバイクの季節になりましたね





               【1】


 十八歳。高校を出たばかりのぼくは進学もせず、就職もせず、亀有駅近くの中規模スーパーでアルバイトしながら、日々を過ごしていた。

 趣味はオートバイ。だから毎週日曜日になると亀有5丁目にあるバイク屋に顔を出し、そこにたむろしているオートバイ仲間や店のスタッフとバイク談義に花を咲かせたりして時間を過ごしていた。


 バイク三昧ざんまいの夏が過ぎ、秋も深まった十一月のある日曜日。

 ぼくがいつものようにバイク屋に入り浸っていると、ひとりの女子大生がやってきた。

 弟がオートバイ好きだったんです。だからわたしも乗りたいって思って。

 そう話す彼女に、ぼくは訊ねた。

「弟さんはどうしてるの」

 すると彼女の顔が曇った。そして少しつらそうに、

「弟は半年前、急性骨髄性白血病で亡くなったんです」とだけ話す。

 ぼくが黙っていると、その女性は言葉を続けた。

「だからその遺志を継ぐ意味で、わたしもオートバイに乗ろうと思って・・・」

 それがぼくとユリエさんの出会いだった。

 ユリエさんは当時二十歳。二歳年下の弟はぼくと同年代だったので、そんな関係からぼくとユリエさんは急速に仲良くなったんだ。もしかしてユリエさんはぼくを、新しい弟、あるいは弟の生まれ代わりだって思っていたかもしれない。


                ■


 彼女はまだ免許がなかった。だからぼくは彼女に、京成ドライビングスクールか平和橋自動車教習所で中型自動二輪免許を取ることをうながした。これは彼女の本気度を確かめる意味合いもあったのだ。 

その1か月後、彼女が免許を取ったと、嬉しそうに店にやってきた。そうなると次はオートバイだ。ぼくは店に展示してあったCB250RSZを薦めた。

 そうして彼女は自分のオートバイ購入を決めてから、ぼくを見つめて

「わたしまだオートバイ初心者でしょう。だからケンジくんに先生になってほしいの」と話す。

 その申し出に異存があるはずはなかった。こうしてぼくとユリエさんは毎週日曜日、都内近県の一般道を一緒に走った。走行距離は毎回記録し、その一緒に走った距離はもう500km近かった。

  この時点で周りのバイク仲間は、ぼくとユリエさんが相思相愛だと思っているらしかった。だけどぼくは一度も自分の気持ちをユリエさんに伝えたことはなかった。と言うより実はぼくは、ユリエさんが好きだったのだ。恋していたと言っていい。ユリエさんの気持ちは訊いたことはなかったけれど、たぶん彼女もぼくのことを憎からず思っているんだろうな。恋愛感情はなくても、少なくとも弟、という感覚は持っているかもしれない。実の弟を亡くしたなら、なおさらだろう。ぼくはそんな思いでユリエさんと接していたんだ。そしてそれでもいいとも思ってたんだ。ユリエさんと一緒にいられる時間さえあればね。


                 ■


 そのオートバイの個人レッスン。近場の一般道はそろそろ卒業かな。春になったらもう少し足を延ばして、奥多摩とか箱根なんかはどうだろう。オートバイの醍醐味はやはり、峠のワインディングロードだもんな。

 そんなことを思ってた十二月のある日、ぼくはユリエさんに重大な話を打ち明けられることになった。

「父が倒れたの。父は長野でペンションをやってて、わたし、それを手伝わなくちゃならなくなったの」

 ぼくは突然の話に言葉を失って、しばらく黙った。そして恐る恐る訊いた。

「大学はどうするの」

「父の病気は長期化しそうなの。だから・・・休学するかもしれない」

 そしてさらに付け加えた。

「東京を離れるかもしれない」

 そう告げるユリエさんにぼくは、一番知りたくないことを訊いた。

 いや、実はそれがぼくの一番知りたい質問なのだった。。

「オートバイはどうするの」

 ユリエさんは寂しそうにオートバイに視線を移し、

「しばらく、お預けかもしれないな」と、つぶやく。

 となると、ユリエさんはもう店には来ない。ぼくと一緒に走ることもない。

 するとぼくの一方的な恋も、そこで終わってしまうのだろうか。

 ぼくの落ち込んだ姿を見て、ユリエさんが助け舟を出した。

「そうだ。ケンジくん。オートバイレッスンの最後に、夜明けの海を一緒に見ましょうよ」

 落ち込んでいるぼくに、ユリエさんが言葉を投げかけた。

「来週の日曜日の夜明け前。現地集合っていうのはどうかな」

 そしてしばらく考えてから、

「場所はそうだな、江ノ島がいいな」。

 何もせず、このままさよならかと思ったぼくに光明が走った。

  ぼくがユリエさんに寄せる気持ちは、片思いだったかもしれない。でもその気持ちを告げないで、そのまま別れるのはイヤだった。だったら夜明け前の江ノ島の海で、日の出を見ながら、好きだったと告白してお別れする。こんなロマンチックなさよならは、ほかにないだろう。

 そう考えてぼくは、ふたつ返事でそれを了解した。


               【2】


 ぼくが住む東京葛飾から江ノ島までは推定90kmの距離がある。現地の日の出時刻は十二月ならば、たぶん6時半から7時くらいだ。逆算すると、その日の未明、午前3時頃に家を出れば、オートバイは夜明け前に江ノ島に着くことができる。ぼくはそういう計算をして午前3時頃、家を出ることにした。

 その前日の土曜日は一日中あいにくの雨。しかし天気予報を調べると、日曜日は晴れの予想だ。大丈夫。夜明け前の江ノ島計画に支障はない。ぼくは確信した。


               ■

 日曜日当日の午前3時。ぼくはオートバイにまたがり、家を出た。

 雨はやんでいる。しかし路面はまだ一部が濡れたままだ。ときおり路面がヘッドライトの光を反射して、きらきら輝いている。たぶん道路は部分的に凍結しているのだろう。だからぼくはぼくはいつもよりペースを落として慎重にオートバイを走らせた。

 中川沿いの土手を走る。目の前に中川橋が見えてきた。信号は青だったので、ぼくは少しスピードを落としつつ、ハンドルを右に切った。


                ■


 その刹那だった。ぼくのオートバイは硬質な金属音を響かせ、激しく右側に転倒したのだ。見ると中川橋の路面は、全面凍結している。ヘッドライトの光が凍りついた路面を、無機質に照らし続けている。さらにオートバイのリアタイヤが、断末魔のような回転を続けている。

 オートバイを起こそうと思った。立ちゴケは何度も経験しているから、すぐ起こせると思った。しかし右足首あたりに激痛が走って力が入らない。右腕も少し痛い。これでは立ち上がることさえままならない。どうしたっていうんだ。オレ。ダメじゃないか。オレ。これから江ノ島に行くんだぞ。ユリエさんにさよならを言うために、江ノ島に行くんだぞ。 立て。立ち上がるんだ。こんなところで、寝そべってる場合じゃないだろ。

 ぼくは自分を叱咤した。何とか起き上がろうとした。何度も気合を入れて、声を出して立ち上がろうとした。しかし激痛の前でぼくは何度も、凍った路面に情けなくへたりこむしかなかった。 

 ユリエさん。ごめんよ。ぼくは夜明け前の江ノ島に、行くことができない。約束を守ることができない。さよならを告げることさえできない。

 涙があふれてきた。足の痛みと、胸の痛みからだ。それは慟哭と言っていい涙だった。


               ■


 通りすがりのクルマが警察に連絡したのは、それから30分後だった。さらに救急車が来たのは、それから30分もあとのことだった。ぼくは救急車が来るの時間、凍結した道路の上で、激痛と寒さと、失意の中をさまよっていたんだ。

 医師の診断は、距骨つまり右足首の骨粉砕骨折。それ以外に右上腕部打撲で全治3か月の重症。そうしてぼくは亀有病院の整形外科病棟で、虚無の3か月を過ごさなければならなかった。

 ユリエさんに連絡することも考えた。しかし迂闊だった。ぼくはバイク屋に行けばいつでもユリエさんに会えてたから、彼女の家も電話番号も知らなかったのだ。


              【3】


 時は流れた。そして季節は春になっていた。突き刺す冷たい風はいつしか、微笑みを誘うような、そして優しさをともなった風に変わっている。街ゆく人々も、寒さに閉じ込めていた心を暖かい風にゆだねるようにして歩いている。

 退院したぼくはその足で、亀有5丁目にあるバイク屋に行ってみた。

 懐かしい顔がそこにあった。バイク仲間、そしてオーナーの前澤さんだ。

 みんなは数か月間顔を出さなかったぼくを心配していたようだったが、まさか事故を起こして入院したとは思ってはいない。だからみんなは。ぼくが事故のことを話すと一様に驚き、いたわりの言葉を述べてくれるのだった。

 店内を見渡した。

 見るとその片隅に、ユリエさんのCB250RSZが置かれている。

「どうしたんですか。このバイク」

 ぼくが訊ねると、前澤さんが言いにくそうに答えた。

「もう乗らないからって、置いていったんだ」

 オートバイの走行距離を見た。その走行距離はぼくが覚えている距離より、200kmほど増えていた。つまりユリエさんはあの日、江ノ島に行ったんだ。そして来るはずがないぼくを、ずうっと待っていたんだ。

 そのCB250RSZの燃料タンクに、そっと触れてみた。その触れた手から、

「待ってたんだよ。ずっと待ってたんだよ」という声が訊こえてきそうな気がした。


 こみ上げてくるものがあった。泣きそうになった。

 そして無言でいるぼくに、前澤さんが声をかけた。

「ところでケンジ。傷の方はどうなんだ。癒えたのか」

「いや、まだです」

 何の傷かは言わなかった。

 身体の傷は治っても、こころの傷はまだ治りそうになかったからだ。


               ■


 バイク屋をあとにして、中川公園まで歩いてみた。

 公園は桜で満開だった。見ると散りゆく桜の花びらが、何枚も何枚も

風とたわむれているのだった。

 それを見ながらぼくは、歌の歌詞を思いついた。

 そうだ。ぼくはこの歌詞に曲をつけよう。

 そうしてぼくは、心の傷を、癒すんだ。

 ユリエさんを、思い出に閉じ込めるために。



              【4】



          《いつか未来ときの彼方に》


                         作詞作曲・狩野晃翔



Am Dm C E7

 きみが東京を 離れて行ってから もうどれくらいの時が流れただろう


Am Dm C / E7 Am

 木枯らしの季節は 優しい春に変わり 残されたぼくは一人たたずむ


Dm Am C E7

 またいつの日か きみに巡り会えると もうひとりの自分に言い聞かせては


Dm Am C E7

 あふれそうになる 涙をこらえて きみの面影こころに描く


Am Dm C E7

 あれからのぼくは きみとの出来事を ひとつひとつ思い出しては


Am Dm C / E7 Am

 昨日のことのように 胸をときめかせて 明日からの物語をつくる





 最後の約束を 果たせなかった 心残りがぼくを包む



 ふたりで夜の海を歩くことができたなら ぼくはこんなにつらくなかった



 暗い海に向かって きみのこと 大好きだよって



 叫んだら それできみのこと ぼくは忘れようとしたのに



 あれからのぼくは きみとの出来事を ひとつひとつ思い出しては



 昨日のことのように 胸をときめかせて 明日からの物語をつくる




                                   《了》
















 


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