第49話 先輩、オレはここにいます


「ねえねえコーディくん、最近カノジョとどうなの?」

 あの、カーリア先輩。なんで今日もまたF小隊の部屋にいらっしゃっているんですか。あなたQ小隊でしょうよ。今って勤務時間ですよ? 仕事しましょうよ、仕事。

「え、ナニナニ? オレもその話、詳しく聞きたいっす!」

 ああほら、余計なやつが釣れた。


「あ、キミって、F小隊に新しく入った子だっけ?」

「ども! 新米魔道士のアッティホーンです! アッティって呼んでくださぁい!」

 はい、じゃあ名前を覚えてもらったところでアッティくん、君に重要な任務があります。カーリア先輩の話し相手、引き受けてくれませんか?

 オレがお話ししたいのは、あなた方じゃないんですよね。


「てかコーディアス先輩、カノジョさんいたんっすねぇー。……ああ、まあそりゃ、いますよねえ」

「そーなの! この前、飲み会あったんだけどさあ、……あ、コーディくんとあたし、けっこう家近くて。飲み会の時とかいつも一緒に帰ってるんだよね。それでこの前の飲み会のあと、急にカノジョの家に泊まりに行くって言いだしたの!」

「うっわー、マジっすか!」

 うっわー、マジっすか、ほとんど面識のない後輩に、そういう話をしますか?


「だからそれ、友人ですって」

「うわ、先輩その言い方、めちゃくちゃ怪しいっすよ!」

 だったらどう言えば怪しくないんでしょうかね。

「でしょー? それも家と全然逆方向だし! どこだっけ、カノジョ? 6区? あれ、8区だっけ?」

 はい、そうですよ。オレの天使は6区に住んでおられます。残念ながら、カノジョじゃないですけれど。……まだ、ね。まだ。まあ、妄想の中ではとっくにカノジョを通り越してあれやこれやしてますけどね。フフフフフ。


 それより、無駄に大きい声でそんな話で盛り上がらないでくださいよ。現在同棲中のその天使が……あ、いえ、単に職場の部屋が同じってだけですけど。今この同じ部屋にいらっしゃる天使が、さっきからなんだかご機嫌斜めでいらっしゃるんですから!

 天使様は仕事中にグダグダおしゃべりしてるヤツがお嫌いなんですよぉ!

 ……あ、ほらやっぱり。


「あれっ、エイミィ先輩、どこ行くんっすか?」

「書庫」

「えーっ、じゃあ、オレもご一緒していいっすか!?」

「なに言ってんの。アッティはその書類終わらせないとダメでしょ。わからないとこあったら聞きに来て」

「ううぅ……。はぁい。……ちぇっ、密室デートできると思ったのにぃ」

「アハハ! なにそれ、アッティくんって面白いね。あ、エイミィいってらっしゃーい」

「うん、カーリも早いとこ自分の部屋戻りなよ」


 ああ。そうして天使に見捨てられたこの地は、荒廃の一途をたどるのです……。って、そんなのダメ!

「あ、あの! オレ、本探したいんですけど、ついて行ったらダメですか?」

「え……、べつに、いいけど」

 やった! オレは荒廃の地を免れて、天国に連れて行ってもらえる!

 え、先輩に天国に連れて行ってもらうとか、別にやらしいこと考えてるわけじゃありませんからね。グフフフフ。




「先輩、怒ってます?」

「……べつに」

 いやいや、廊下をツカツカと猛進しながら、思いっきり怒りのオーラが出ていますよ、先輩。ひるがえるローブもカッコイイです。

「すみません、騒がしくしてしまいましたよね」

「うん……。休憩するのは構わないけど、……ああいうのは、他所よそでやってほしいかな」

 はい、ごもっともです。仕事中ですもんね。


「……まあ、コウくんのせいじゃないって、わかってるけど」

 あれ。なんだか急に飴をいただいた気分。

 てことは、ひょっとして次は鞭のほうですか?

「で、何?」

 ひいぃっ! すみません! 単に貴女ともうちょっと一緒にいたかったとか、そんな理由でついて来てしまってすみません!

「ん? 本、何探してるの? よかったら手伝うけど」

 あ、そうでした。早足だったから、いつの間にかもう書庫。


「えっと……、もうすぐまた薬草採取があるじゃないですか。それでオレ、薬草のこと全然知らないし、ちょっと基本的なことだけでも勉強しておこうかと思って……」

 一応、これもウソじゃないですよ。ちょっと前から考えていたことなので。ああ、たまにはマジメなこと考えていて良かった。

「じゃあ、こっち来て」

 ああ先輩、そんな、薄暗い書棚の陰に連れ込んでナニしようっていうんですか。


「薬草学だとこの辺だけど、入門だったらコレとか、あとコレもわかりやすいよ」

 はい、薬草学。薬草学ですよね。

「……あとコレは、イラストが見やすいけど、説明文はイマイチだから、他と組み合わせて使ったほうがいいかも。あとは……雑学的なの興味あったら、こっちも読んでみて。けっこう面白かったよ」

 オススメの書を教えてくれて、あとでわかりやすいように書棚の列からちょこっとだけ引っ張り出してくださるその指先も、お美しいです。


 だから先輩が、持ってきた資料をテーブルに広げて、書庫内でさっきの仕事の続きを始めても、オレがそのお姿をチラチラと盗み見てしまうのは……貴女のせいなんですからね?

 書棚のわずかな隙間がもどかしいくらい、オレはいつでも貴女を見て、貴女だけを見つめていたいです。


 けれど二人きりの幸せな時間は、そう長くは続きませんでした。

「あれ? コーディくんは?」

「……もう出て行ったよ」

 いやオレ、ズットココニイルヨ?

 貴女の中では、もはや存在しないことになっているんですか? え。ていうか、本当にもう出て行ったと思われています? そりゃあ、背後の書棚の陰にひっそりと佇んで貴女のお背中を見守っていますから、存在感ないかもですけれど……。あ、決して怪しい者じゃないですからね。


「なあんだ、残念。一緒にお昼行こうと思ったのに」

 カーリア先輩、何しにここまで来たんですか。あなた今日仕事してるんですか? ……いや、オレも微妙なとこですけど。それはさておき、オレと先輩の二人の時間を邪魔しないでください!

 え、ちょっと、なんで先輩の向かいに座ってるんですか!? オレだってそこに座って、真正面から先輩を眺めていたいですよ。こんな物陰じゃなくって。

だから、早く出て行ってくれないかなあ……。


「ねえ、この前も注意したけどさあ」

「ごめんカーリ、まだ仕事中だから」

「いいから聞きなよ!」

 うわわ、さっき部屋で話していたときと、声のトーンまで全然違う。オレの天使も時々ブラックが降臨されますけど、女の人って、こういうものなのでしょうか?

「あんたさあ、まだあの子にちょっかいかけてるの?」

「べつに、そういうんじゃ……」


 え……? 先輩が、ちょっかいをかけている?

 な、な、何ですと!? ど、どこのどいつですか! オレの天使にちょっかいをかけて……いやそれどころか、ちょっかいをかけられているなんていう、人間ごときにはもったいない至上の幸福をかみしめているやからは!

 いますぐオレと替わってください。


「でもいっつも一緒にいるじゃん。なんか手懐てなずけちゃってるみたいだしさ」

「だから、それは……、同じ小隊配属になったんだし、接する機会も増えるよ。仕方ないでしょ」

 あれ? それって、もしかして……?

「小隊が同じだからって、あんた別にチューターでも何でもないでしょ? そんなん何とでもなるじゃん」

 ああ、やっぱり。アッティホーンのことですか?


 あのそれは、先輩がちょっかいかけてるわけでも、手懐けているわけでもなく。あっちが勝手に懐いちゃっているだけです。

 いやむしろ、美しい花に惹き寄せられてブンブン飛びまわる虫のように……。あ、たしか除虫効果の薬草があったはず。この本に載っているかな?


「みっともないよ。なんか、立場利用して下の子に手ぇ出してるみたいだしさあ。こういうの、他の部隊の人とかにまで知れたら、あたしらも困るんだけど」

「……うん、そうだね。ごめん」

 ああっ、もう! また謝ったりして……。貴女は何も悪くないんですからね!

「ねえあたし、べつにこういうこと言いたくないんだからね。あんたのこと思って言ってあげてるんだからね?」

「うん、ありがとう」

 先輩のほうは、あくまで大人な対応で。代わりにオレが言い返したい! でも、ダメですよね。部外者が口挟むと、余計こじれますよね。

ああ、だけど……。


「あんただってもう、イイ年したオバさんなんだからさ。ずっと下の若い後輩たぶらかしてるとか、恥ずかしいじゃん?」

「うん……」

 は? いま何て言いました? 恥ずかしい? どこが? この先輩の、どこをどうとったらそんな言葉が出てくるんですか。

 オレの天使を侮辱するなあああああああ!


「えっ!? ちょ、なんの音!?」

 あ、べつに、怒りの波動拳で書庫全体が震撼しんかんしたとかではなく。持っていた書物を落としてしまっただけです。

「なんだ、いるじゃん!」

「……あれ、まだいたの」

「あ、すみません」

 すみません、いたんです。やっぱり忘れ去られていたんですね。オレって空気。


「コーディくん、いたなら言ってよお。もー、ヒドイなぁ」

「すみません、ちょっと調べものしていたので」

「ま、いいよ。ねえそれより、一緒にお昼行かない? あたし奢ってあげるからさ」

 なんでまたオレなんですか。ていうか、トルファウス先輩と行ったらいいじゃないですか。

 書庫に来てまで騒いで、ほら、またオレの天使が……。


「あの、仕事したいから、出て行ってくれないかな……」

「うわ、怖っ! 行こう、コーディくん」

 いやいや、さっきまでのあなたのほうが、よっぽど怖かったですよ。

「いえ、オレもこの本、ちょっと読んでおきたいので。せっかくですけど、お昼は他の人誘ってください」




 先輩、やっぱりちょっと怒ってますよね。「なんで出て行かないの?」とか、思われていてもいいんです。

 はい、オレも空気に徹します。空気になるから、ここにいさせてください。

 この一年で培われた、先輩鑑定士としてのオレの観察眼が見逃しませんよ。

 さっきはカーリア先輩に一方的に言われてたけど、仕事中にする話でもないし、言い返さないでいたんでしょう? 言い返したら言い負かせる自信があるから、それで傷つけてしまうのが怖かったんでしょう?


 たぶん他の人から見れば、冷たくあしらって、何事もなかったように仕事しているって、そう見えるんでしょうけれど。

 先輩だって、そう見えるように演じているんでしょうけれども。

 鑑定士の眼は誤魔化せません。

 オレは気付いていますよ。先輩が、他人を傷つけないために自分で傷を負う人だって。


 だからオレは、貴女のそばに居ます。

 先輩の羊草と、一緒です。去年の薬草採取のとき、貴女が言っていたでしょう? 量より質の大切さをわかってくれる人が、一人でも増えればと。ほんの少しの違いでも、その差は重要だと。

 だからオレは、ここにいます。それでちょっとでも、『0.2』でもいいから、貴女の心がほんの少しでも軽くなる可能性があるなら……オレはどう思われようとも、貴女のそばを離れません。


「それで、何調べてるの?」

「えっ!?」

 い、いやオレは別に、コソコソと貴女のまわりを嗅ぎまわっているわけではなくて……、いやまあ、コソコソと覗いてましたけれども。あれは、別に、ストーキングとかそういうやつではなくってですね。いえあの、違いを証明しろとか言われると非常に難しいところなんですけども。


「薬草採取だったら、二年目は『炎樹えんじゅ』の葉だよ。その本だったら6章の初めのほうだったと思う」

「えっ……」

 言われたとおりに6章を開いてみると、なるほど、すぐに『炎樹』という項目が目に留まりました。

「先輩、そんなとこまでよく覚えてますね」

「うん……、目で見たもの覚えるのは割と得意なんだと思う。細かいことまでは覚えてないけど、その本の目次とかはページ丸ごとだいたい覚えているから」

 それって、すごい特技ですよね。けれどその言い方は、どこか他人事のような、称賛を拒むような雰囲気があって。オレは、上手く話をつなげることができませんでした。それとも先輩は、まだカーリア先輩に言われたことが気にかかっていらっしゃるのでしょうか? 


「先輩は、何の採取されるんですか? あ、それともまた『本部』ですかね?」

「今回はたぶん、『水恋すいれん』にあたると思う」

 言いながら先輩は、オレが持ってきたもう一冊の本をパラパラとめくって『水恋』のページを開いてくださいました。

挿絵には、水辺に咲く白く可憐な花が描かれていて。なんか、先輩みたいですね。……と思ったのですが、説明文を読んでみると、

「え、猛毒!?」

 まあ、先輩もたまに、毒吐かれますけどね。美しい花には毒がある。


「うん、水恋は、花が開くときに猛毒を放つの。でも葉っぱのほうには解毒作用があって、幅広い毒に対して効くから、重宝するんだよ」

「でも……。猛毒って、危なくないんですか?」

「危ないね」

 え、そんなあっさり。


「水恋の花は早朝にだけ開いて、薬草採取の時間帯にはもう閉じているんだけどね、刺激すると開いちゃうの」

 開いちゃうの、なんて、可愛らしくおっしゃいますけれども。それって、つまり……。

「それって、葉っぱ採ったら花が開いて猛毒が発生するんじゃないですか? めちゃくちゃ危ないじゃないですか。どうやって採取するんですか」

「方法はいくつかあるけどね。たとえば、花の周りにバリアを張っておいて、その中で浄化するか、収束するのを待つか……」


 簡単におっしゃっていますが、きっと高度な魔法を必要とするのでしょう。だって、この本に書いてありますもん。専門知識を持った人しか近づいちゃいけませんって!

「あとは、花の部分を凍結する方法もあるけど、それだと周りの花が刺激されて危ないんだよね。水恋の難しいところは、群生していることでね、10個くらい一斉に開いたら、致死量だね」

 怖いことをさらりと仰る天使様。そんな貴女も、ステキです。



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貴女はオレの天使です ~クールで美しい先輩魔道士の取扱説明書(クドキカタ)~ 上田 直巳 @heby

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