第48話 先輩、諦めませんから
本日のエイミリア先輩特報です。
ああ、今日もお美しい……コホン、失礼いたしました。この情報は今更でしたね。
今日の先輩はどうやら、デスクワークがメインのご様子です。新年度に入ってから、新人への説明やら年度替わりの雑務で何かと慌ただしかったのも、ようやく落ち着いてきたところでしょうか。
午前中にコーガさんが訪ねてきて、少しお話をされてから、おそらく魔術訓練場へ行っておられましたが(ついでに何故かファーガウスまでついて行きましたが)、午後からはまたこうしてF小隊の部屋で書類仕事。騒がしいファーガウスも、騎士組の大半も出払って、穏やかな時間が流れています。
オレも今日はセミナーとかないので、こうして日がな一日天使様を眺めていられるなんて……やっぱり、同じ小隊って素晴らしい! なんだかご利益もありそうです。
いえ、オレはべつに、ずっとサボっているわけじゃないですよ。ちょっと休憩です、休憩……。ほら、先輩だって。キリの良いところまで終えられたのか、書類をまとめてひと休みのご様子です。
マグカップのフタを外して、まずは一口。お疲れさまです。と思ったら、あれれ、可愛いあくび。このところ年度替わりで忙しい上に、オレのせいで寝不足ですもんね、先輩? ――って、わわっ、目が合ってしまいました!
仕方ありません。遠くから見ているだけの時間は、終わりです。
「ミリア先輩。今って、お時間大丈夫ですか?」
「あっ、うん。それじゃあ、行こっか」
おや。今日はスムーズに事が運びますね。これも天使様のご加護パワーでしょうか。
そうして先輩に連れられて来たのは、人のいない静かな書庫。
はっ。もしや、これはチャンスでは!?
「あの、先輩、この前は……」
「ん、なに? 仕事の話?」
はうっ! 牽制球をいただきました。
いいえ、こんなところでくじけませんよ。
ちゃんと謝らせていただきますからね。貴女が何も言わないのをいいことに、うやむやにして終わらせるなんて、オレは絶対やりませんから!
でも、謝り倒して許してもらおうなんて……これじゃ結局、どこかの誰かとやってることが同じです。
ちょっぴりヘコんだオレに先輩は、
「じゃあ、これ渡しておくね」
「ありがとうございます!」
受け取った愛情は、白くて四角い形をしていました。その表面には、びっしりと文字が。
「業務内容についてまとめた資料。これに沿って説明していくから、わかりにくい部分はその都度聞いて」
「はい! よろしくお願いします」
先月オレが書庫掃除をしていたということは、もうお分かりですよね? そうなんです! 年度が替わってオレは、晴れてエイミリア先輩と同じ書庫係に任命されたのです!
「まず、日常的な業務としては……」
はい、そういうわけでオレは今、業務内容の説明をしていただくという大事なお仕事の真っ最中なのでした。こっちに集中します。
「このカートの本を、棚に戻すこと。毎日とかじゃなくて、溜まってからで大丈夫だからね」
書庫で借りて使い終わった本は、入口近くの返却カートに置いておくことになっています。先輩はその上に乗っていた一冊をお手に取られて、
「知っていると思うけど、背表紙のラベル番号を見て、例えばこれなら『T-125』だから……」
そうして書庫のジャングルを迷わず進まれ、「このあたりかな」と立ち止まって屈まれた、まさにその場所には『T-124』の横に一冊分の空隙が。なぜその精度でお分かりになるのですか!?
「自分で棚に戻してくれる人もいるけど、たまに間違っていることもあるから、それも気づいたら直してくれると嬉しい」
ええ~。貴女が喜んでくださるなら、オレはこの書庫じゅう血眼になって間違い探しをしますよ!
いや、むしろ、オレも今まで間違った場所に戻したりしてなかったでしょうか? ああ、もっともっと慎重に確認すべきでした。
「コウくんも、いつも戻してくれるよね。助かってるよ」
えへへぇ~。そんなぁ~。先輩はそういうこと、いつも気づいてくださるんだから。
「……えっと、他にも何か、オレに出来ることありますか?」
「新年度で新しい本を購入するから、それが最初の大仕事かな。入荷したら、その時にまたお願いするね」
「はい! ……あ、でも」
いただいた資料を見ると、他にも通年の業務がいろいろと。
「うん。そのあたりは、今はあんまり気にしなくていいんだけど、簡単に説明だけしておくね」
そして先輩は、資料に書かれている項目を丁寧に説明してくださいます。広大な書庫の定期的な清掃はもちろん、膨大な蔵書の破損・紛失のチェックまで。
「誰かが借りっぱなしになっていたり、ページの破れとか汚れが、そのままになっていたりすることがあるから。そういうのも、少しずつチェックしていくの」
「そこまでやるんですか? こんなにいっぱいあるのに……」
「そこまでやるんだよ。どんなにいっぱいあってもね」
くうぅっ。さすがです、お
「ここにある本たちは、全部じゃないけど、市民の方や先輩方が寄贈してくださったものもあるの。たくさんあるうちの一冊じゃない。一つ一つが、大切な一冊なんだよ」
そう言って先輩は、近くの本棚に並ぶ書物の背を、さも愛おしそうに撫でられるのです。その指先がまた、なんとも妖艶で……ああっ、生まれ変わるならオレは本になりたい!
いえ、きらびやかな装丁をまとったハードカバーでなくとも良いのです。薄っぺらーい紙一枚、何ならカバーすらない剥き身でも……そのほうが、先輩の愛撫をダイレクトに味わえますからねグフフフフ。
「これで一通り説明したと思うけど、ここまででわからないこととかある?」
「えっ、あ、はい! いいえ! ……えっと、大丈夫です」
はい、薄っぺらいのはオレの中身のほうでした。
「ふふ……。まだ、イメージしにくいよね」
そんなオレにも、天使様はやさしく微笑みかけてくださいます。
ああ、オレの想像力のなさよ……。いえ、妄想力ならあるんですけどね。
「やっているうちにだんだんわかってくると思うから、疑問が出てきたら、その都度聞いて」
「はい。ありがとうございます!」
「じゃあ、最後に第二書庫のことを説明しておくね」
そう言って先輩は、オレを人目につかない書庫の隅っこへと連れこんでくださいました。そこにひっそりと佇むのは、地味な扉。
昨年の新人オリエンテーションで、エイミリア先輩に教えていただいて以来、その存在だけは知っていた扉。
この一年間、騎士らしからぬペースで書庫に通ってきたオレには見慣れた、されど一度も中を見たことのない扉。
いよいよその、禁断の扉が開かれます。その先に待つものとは――。
あれ? 何でしょう、この既視感。
扉の先にあったのは、淡いグリーンとベージュのストライプに金装飾が美しいソファと、これまた優美なローテーブルです。
「これって、もしかして、去年の合同会議のときの……」
先輩は、そう、と頷くと、慣れた足取りで部屋の中へと進まれます。
「この第二書庫は、前は物置みたいな状態になっていたの。もうずっと前に辞めた隊員の私物とか、誰が何年前に使っていたかわからないような物ばかり、処分するにできない状態でそのまま何年も放置されていて」
ああ。F小隊の部屋にもありました、そういうの。負の遺産というか、
「わたし、そういうの見ると、片付けたくなっちゃうんだよね。それで隊長とシルヴィア先輩に許可とって、持ち主を調べていって」
「えっ。もしかして、お一人で全部!?」
「うん……。そのほうが、効率良かったりもするし」
うぅ、反論の余地もありません。誰かが下手に手を出すより、先輩がされたほうが早いのでしょう。だけど先輩、そうやって何でも一人で抱え込んじゃ、ダメですよ。任務のことなら、いつもオレたち後輩に経験積ませてくれるのに……。
「オレにも、やらせてくださいよ。何のためにオレがいるんですか」
「えっ? あの、でも、ここはもう、ひと通り片付いているから……」
あ、そうりゃそうですね。
部屋の奥には大きなスチール棚が二つ。たぶんこれいっぱい、あるいはそれ以上の荷物が以前は置かれていたのでしょう。
「そもそも、第二書庫は扱いに注意を要する書物を保管する場所だから、私物置き場にして出入りされても困るからね。それで処分していったら、結局あれだけになって」
先輩のご覧になる先には、棚の隅のほうに、段ボール箱が一つポツンとあるだけです。
「その頃ちょうど、実家でソファを買い替えることになったから、要らなくなったのを第4部隊に寄贈するかたちで、ここに置かせてもらってるの」
ほほぉーう。するとこれは、先輩のご実家で長年使われていたものですか。さすが、雅なご家庭で育たれたのでしょうねえ。
そして、幼い頃の先輩がこのソファに――ああ、どのあたりに掛けられていたのでしょう。お気に入りの定位置は? 端っこ? 真ん中? それとも、肘掛けに座っちゃう派ですか?
「あの、べつに私物化してるわけじゃないからね? 第二書庫の本を閲覧するときとか、誰でも使っていいものだから」
「そんなこと、思っていませんよ」
本当に、そういうところ可愛いんだから。
「まあでも、実際、あんまり使う人いないけどね」
え? ってことは……ここはオレと先輩だけの、秘密の小部屋?
「先輩。これあるんだったら、なんでお昼寝、ここでしないんですか?」
座り心地の良い高級ソファに、人の来ない静かな書庫。お昼寝にはうってつけじゃないですか。
K小隊では、昼休みは他に人がいないことが多かったので、緑スライムくんのクッションと共にお昼寝されていたエイミリア先輩ですが……。今は、それを邪魔する不届きな輩がいるんですよねえ。ええ、ココに。
高確率でオレが出没しているせいで、このところ先輩はおちおちお昼寝もできないのです。そう、つまりオレが寝かせてあげないから、先輩はこのところちょっぴりおねむさんなのですよ、フフフ。
まあ、年度替わりの忙しさのせいもあるのでしょうけれど。いつも以上に、お昼休みもお仕事されています。
「それすると、もし誰かが探しに来た時、困るでしょ。わたし本気で寝ちゃうと、ドアノックされたくらいじゃ全然起きないから」
「え、そうなんですか?」
そういえばアイリーン先輩に『寝起きが悪い』って言われていたような……。
「寝ている間、ここのドア開けっぱなしにしておくわけにもいかないし」
そ、それはやめてください! こんな人の来ないところで、ドア開けたままソファですやすやお休みになっていたりしたら、そんなの……あ。
ああああ……! まだ謝罪の件が済んでいないじゃないですか! もう、先輩がすっかり普通に話してくださるから、うっかりオレも水に流しちゃうとこでしたよ。
ダメダメ。絶対にちゃんと謝らせていただきますからね!
「あ、それでね、あれが第二書庫に保管している書物」
……あ、はい。まだお仕事中ですよね。
先輩が示してくださったのは、高さ2メートル、幅1メートルほどの、扉付きの本棚で。
「……あれ、これだけなんですか?」
書庫全体の蔵書量に比べれば、意外なほど小ぶりな棚が一つ、壁際にポツンと佇んでいるのでした。
「厳重管理の必要な書物が、そうそうあっても困るからね」
「あ、そりゃそうか」
そもそもこの書庫は『第4部隊専用』の書庫。入隊当初はこれでもかなり大きいと思っていましたが、実際には『スティングス全体』の書庫もあって、そちらはもっと多岐にわたる蔵書を取りそろえているのです。
「第二書庫の書物は、原則持ち出し禁止。閲覧するときは申請を出したうえで、立ち合いが必要なの。この申請手続きも書庫担当の仕事。まあ、滅多にないことだけどね」
言いながら先輩は、優雅にソファに腰掛けられて、右手でやさしくポンポンと……。
え、これって、お隣に座らせていただいて良いのですか? そうなんですか?
しっ、失礼しますぅぅ……!
心の声でさえ裏返りそうなので、オレは黙ってドスンと腰を下ろしました。
肩が少し触れて、お顔を背けてしまわれた先輩。怒っていらっしゃいます?
いえっ、違うんです! 今のは、緊張のあまり距離感を誤ってしまって! 大事なソファに、こんな乱暴に……。しかも、もうちょっと離れていても話聞けるだろって感じですよね。でもですね、今更動くこともできないんです!
「あっ、それで、これが閲覧申請の例」
「あ、はい!」
先輩が、持っていた四つ折りの紙を開くと、そこには美しい文字が書き込まれていました。
「今回は、書庫係の業務引継ぎのために申請を出したの。閲覧する本の番号と、タイトル。それから目的。あと閲覧者と、立会人ね」
その美しい指先がさした場所には、先輩の名前と並んでオレの名前が。しかも、先輩の字で書かれたオレの名前……。なんだか、嬉し恥ずかしです。
「立会人は基本的に書庫係なんだけど、危険書物の場合には他に対処できる魔道士が立ち会うこともある。そこは最終的には隊長の判断だね」
あ、よく見たら、書面に並んでいた名前は先輩とオレだけではありませんでした。
「申請の承認は、書庫の責任者であるシルヴィア先輩と、隊長、お二人の署名が必要。出張で不在の場合は小隊長でも大丈夫だったり、緊急の場合なんかは例外もあるけど」
そうですよね。たしか、役所に届ける茶色い書類も、本人の他に証人か何かの署名が必要なんですよね!?
……すみません、脳内脱線しました。
「つまり、第二書庫についてわたしたちがやることは……こういうことね」
そう言うと先輩は、突然するりとオレのほうへともたれかかって来て……。
え、これがオレたちのやるべきこと!? ああ、書庫係になってよかったっ! ……あ、いえ、もたれかかってくださったわけではなかったようです。先輩は隣に座っていたオレのほうへ身を伸ばして、オレが持っていた資料のページをめくってくださったのでした。
でも、髪が触れそうなほどの距離で、一緒に資料を覗き込んで、
「ほら、この項目。申請書類を受け取って、記載内容の確認、問題なければ署名して、それから……」
わわ、先輩がこんな近くに! なんたる
「……ということで、たぶんほとんど使うことないと思うけど、一応コレ。ここの合鍵。失くしたり、人に貸したりしないようにね」
「あっ、ハイ!」
反射的に差し出した手のひらに、先輩の指先が触れるか触れないか――というところでギリギリ触れずに離れてしまって。名残惜しく見送ったあとには、アンティークな容貌の小さな鍵が残されていました。
うっ……、うおおおおおおおっ! 先輩から合鍵をいただきました!!
スティングスに入隊して1年。オレ、前代未聞の快挙です!
天もオレを祝福してか、どこからか荘厳な鐘の音が響いてきます。ああ、なんと崇高なる……って、先輩、もう行っちゃうのですか?
「じゃあ、これで終わりに――」
「ミリア先輩!」
立ち上がった先輩の手を、思わずつかんでしまって。オレも、とび上がるようにソファを立ちました。
終わりって、オレたちはこれからじゃないですか。まだ始まってもいないですよ――と言いかけて、はたと気づきました。鳴っているのは二人の門出を祝う鐘の音ではなくて、終業のチャイムにオレの脳内補正がかかったものなのだと。
なるほど、だから業務内容の説明というお仕事は終わりなのですね。
「……ちゃんと謝らせてください、この前のこと。うやむやにしたくないんです」
そうでなければ、オレはどこにも進めません。
「すみませんでした」
「あ、あの……、本当に、怒ってないから。だから……いままで通りにしてくれたほうが」
いままで通り。オレはこれ以上、一歩も貴女に近づけないということですか。
だけど、先輩。貴女のそういう優しさは、相手をつけあがらせるだけですよ。
遠ざけられたわけじゃないだけ、ずっとマシ。避けられたわけじゃないんだって……オレは都合よく受け取ってしまいます。
「いままで通りなら、オレ、貴女を好きでいていいですか?」
「え、そ……れは……」
先輩の唇が少し震えて、何かを言おうとしたようで、でも、また閉じてしまって。
「……わ、かんない…………、ごめん……」
ああ、まただ。先輩、どうして貴女が謝るのですか? 謝られるということは……なんて、考えてしまうじゃないですか。
「先輩、オレ、貴女が好きです。諦めませんから」
それだけ告げると、オレは先輩を追い越して、書庫から逃げ出しました。
これ以上は、自分を抑えられる気がしなくて。
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