第六章

第47話 先輩、こっち向いてください


 春です。

 花が咲き、鳥が歌い、心浮きたつ、春です。外はポカポカ陽気です。……が。気まずい、です。


 年度が替わって、顔ぶれの少しだけ変わったF小隊の仕事部屋には、な、なんと! あのエイミリア先輩がいらっしゃるのです。

 小隊の編成は大きくは変わらないけれど、メンバーのバランスをとるために、毎年数名の隊員が小隊を異動になるそうで。今回は、入隊以来ずっとK小隊一筋のエイミリア先輩が、初めて我らがF小隊へお引越しになったというのです!

 隊長はじめ人事を考えた人たち、どなたかは存じ上げませんが、GグッJジョブです!

 そしてそして、な、な、なんと! 早くも先輩と部屋で二人っきりになるという機会に恵まれたのです。ああ、気まずい。


 いや、嬉しいですよ? もちろん嬉しいです。小躍りしたいくらい嬉しいです。

 同じ小隊所属になれば接する機会は格段に増えますし、普段勤務する部屋も同じになるんですから。

 麗しい先輩のお姿はそりゃあもう四六時中拝見していたいですし、お声も無限ループで拝聴したいですし。『おはよう』から『おやすみ』までといわず、その先も。

 ……でも、ほら、この前、あんなことしちゃいましたからね。


「あの、先輩」

 近づいて声をかけただけで、貴女はビクリと肩を震わせるんですね。

こんなこと、今までなかったのに。

「この前は、すみませんでした」

「……ん、何が?」

 なのに返ってきた声はいつも通りで、優しくて、冷たくて。


「いや、だから……、あの、送別会の日……」

「何のこと?」

 顔も上げてくれなくて。

「だから、先輩の家で、オレ……失礼なことを……」

「べつに失礼とか思ってないし、大丈夫だよ。ほら、もう仕事戻って」


「また、なかったことにするつもりですか」

「え……?」

 ああ、やっと、顔を上げてくれた。

「あの時だってそうじゃないですか。魔獣討伐のとき……。あんなことされたのに、平謝りされたら許して。何もなかったみたいに。また手伝わなくていい仕事手伝ったりしてるんでしょう? なんであんなヤツのために……」

 違う、そっちじゃない。

 今はそのことじゃなくて。まずはオレのしたこと、ちゃんと謝らないと。


「オレだって、あんなことをしたのに。どうして怒らないんですか。何もしないんですか。憲兵に突き出したっていいんですよ?」

「ごめん、いま仕事中だから、関係ない話だったらしないで」

 なんで貴女が「ごめん」とか言うんですか。謝らなきゃいけないのは、オレなのに。


「じゃあ、あとで時間作ってください。休憩時間でも、仕事終わってからでも。オレ、いつまでも待ちます」

「ごめん……、今日は、ムリ……」

 また、『ごめん』。

 謝って簡単に許してもらえるとは思っていないけれど……。謝ることさえ許してもらえないとは、ちょっと、キツイです。


 でも、オレは諦めるわけにはいきません。貴女の側にいられなければ、守ることもできないのだから。

 貴女が危ないとき、困っているとき、せめてこの手を伸ばせるくらいには、貴女の近くにいたいのです。たとえ、貴女に嫌われても……。

 あ、でもやっぱり、オレのことは嫌いにならないでください! ……なんて思うのは、もう手遅れなのでしょうか?


「おーい、エイミいるかー?」

「あ、レン! 終わった?」

 何なんですか、その変わりよう。急に明るい声出しちゃって。

「おう、オレの出番終わり。次、書庫の説明な! ……あ、コウちゃんお疲れ。あれ、もしかして話し中だった? 悪い」

「大丈夫だよ。ちょうどわたしも、そろそろかなって思ってた」

 ああ、そうですか。オレと話してる間、ずっとレンスラート先輩のこと考えてたんですか。……って、何考えてんだ、オレは。

「……オレも、仕事戻ります」


 だから、先輩も仕事に戻ってくださいよ。これから新入隊員に、書庫の説明しに行かなきゃいけないんでしょう? なんで、まだレンスラート先輩と話してるんですか。

「レン、今年もアレやったの? あの、しょうもないダジャレとか」

「おおーい、しょうもないとか言うな! あれはオレの渾身作だぞ? しかも今年はパワーアップしてるし!」

「へえー、そうなんだー」

「あっ、なんだよソレ!? 全然信じてねえだろ」

「あんまり盛り上げると、次やるわたしがやりにくいんだよね。まあ、どうせスベってるんだろうけど」

 なんだろう。なんか、イライラする。


「なんかさ、今年の新入り、イキがいいわー」

「ふぅん、それでおだててもらって、機嫌いいんだ?」

 先輩、仕事しなくていいんですか。楽しそうにおしゃべりなんかして、らしくない。さっさと新人オリエンテーション、行かなくていいんですか。

「あ、ごめんコウくん、うるさかった?」

「……えっ!? いや、そんなことないですよ」

 まるでオレの心の声が聞こえていたかのように、突然話しかけられて。オレは慌ててそれだけ返しました。

 うるさくても、うるさくなくても、オレは貴女が話していたら他のことになんて集中できないです。


「ごめんね。あ、でもそろそろいい時間だと思うし、行ってくる」

「おう、いってら!」

 部屋を出ていく先輩は、そのちょっと前——オレと話していたときとは全然違って、明るくて。

 そんなに、楽しかったですか? 大した内容話してないように思うけど。


「コウちゃん、どうかしたか?」

「えっ」

 エイミリア先輩が去ってしまうと、残ったレンスラート先輩がオレのほうを見ていました。

「あ、もしかしておまえ、あいつのこと……」

 ギクギクッ!?

「……仕事中に無駄話とかしてるの、珍しいって思った?」

「え……? あ、いえ、はい、まあ……」

 そ、そういえば、そうですよね。エイミリア先輩って基本、仕事中に余計な話しない人ですもんね。休憩時間とキッチリ分けるし、なんか、雰囲気とかまでコロッと変わっちゃうし。

「あれさあ、わざと時間潰してんだって」

「わざと? 新人オリがあるのに、ですか?」


「ほら、おまえも去年だったからわかると思うけど、入ってきていきなり、たて続けに難しい説明とか、案内で色々連れ回されたりとかすんだろ?」

「あぁ……。たしかに、そうでした」

「新人のほうは緊張してるし、怒涛の説明で混乱してたら、内容の半分も頭に残らねえから。それでこうやって、わざと間あけたら、新人同士で『どうしたんだろうね』とか言って、あと、これまでの説明でわからなかったとこ聞き合ったりとか、できるんだってさ」


 たしかに去年のオリエンテーションでも、レンスラート先輩の説明が終わった後、しばらく待っても誰も来なくて。

「次の人、来ないね」なんて誰かが呟いて、それをきっかけに、ガチガチに緊張してじっと待っていたみんなが、少しずつしゃべりだしたんです。

 オレは資料の名前見て、次来るのが先輩だってわかっていたから、それまで以上に緊張して待ち焦がれてましたけど。

 それから先輩が書庫を案内してくれて、終わってからもみんな自然と話しはじめて、その次の、武器庫の説明が始まるまでおしゃべりしていました。

 あの時も、武器庫担当のトルファウス先輩が来るまで少し間があって、女子たちは場所を教えてもらったトイレに行ったりする時間もあったから、あれも先輩が調整してくれたのでしょうか。


「上から一方的に説明されるばっかじゃなくて、同期で絡むタイミングも作って、そういうのが、いい具合にワンクッションになるんだってさ。エイミってさぁ、そういうとこよく考えてるよな」

 クッション……。ああ、天使様のお部屋で放り投げてしまった、黄色スライムくんのクッション! あなたは今もお元気ですか!?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る