毎週金曜日の深夜、大学の休憩スペースで高校生の弟子と大学生の師匠は将棋を指す。基本的にシチュエーションはその一つだけ。それだけなのに、様々な気持ちと情景が交錯する。
将棋を指すごとに二人の距離は近くなる。その歩みは遅いが、もどかしさを感じることはなく、しっかり確実に近くなる様子はどこか温かくてほっこりする。
そして、徐々に明かされる弟子と師匠、それぞれの事情。お互いが踏み出す一歩が同じ歩幅だからか、多少のトラブルがあっても安心して見ていられる。
秀逸なワンシチュエーション映画を彷彿とさせる物語の作り方が面白く、また将棋に馴染みのない人でもすんなり読める。
ただ将棋を指し、話をするだけとはいいますが、この時間の使い方が、実に豪華で贅沢なものである、と読者の心に残る物語です。
深夜の研究棟で将棋を指し、取り留めのない、ともすればヤマもオチもない話と取られかねないですが、それを「日常」と解釈できる語り口を備えていると感じます。
日常に多くのものを求めてはならない、という事ではなく、ただ二人だけで満たされた世界が描かれているからです。
そして、それだけでなく物語が大きく動くであろう発展性も垣間見える数話に跨がるエピソードもあり、そのアクセントが面白いです。
歩は一歩ずつしか進めませんが、敵陣に入ったら金になる…しかし金より貴重な二人の関係であると感じさせられる物語です。
無知なもので、将棋のルールが全然わからなく、そのせいで理解できなかったら申し訳ないなあと思いながら読み始めたのですが、杞憂だったのでほっとしています(笑)
ひと話ずつ、僕と師匠の会話が記されているのですが、お互いがお互いの存在を必要としている様子がなんともいえずほっこりした雰囲気で良いです。年上お姉様でちょっと素直になれない師匠と、素直なんだけど時々鈍い僕のその先が気になる、甘酸っぱい作品でした。
話の長さもそんなにないので、朝の電車でさくっと読んで、いい気分のまま職場や学校に行けそうな作品ですね。今のところ序盤のみですが、楽しく読ませていただきました。これからも頑張ってください。