第127話 認められた者
「セリカさんはこの学園の七不思議というものをご存知ですか?」
赤く腫らした目と鼻を隠すように、ミトラはそう話し始めた。
「七不思議?」
「はい。この学園には
『夜中に声を出す花壇の植物』『学園の水脈を流れる光』『学園の結界を破った魅惑の少女』など、実在するのかしないのかも分からない現象が幾つもあるのです。
その中に、『その形を変えず学園に憑く亡霊』というものがあります。」
「学園に憑く亡霊・・・?」
「それは一切年を取らず学園に居続ける
「え・・・?」
「僕の成長は過去の実験の副作用により鈍化、あるいは停止してしまったようです。クロウ博士もその原因を突き止めることはできませんでした。なので、僕は一生この姿のままでしょう。」
「そ、そんな・・・」
眉を顰めるセリカの表情に、ミトラは自嘲気味に笑って見せた。
「驚かせてすいま――」
「あの変態が、博士だと・・・!」
「え・・・?」
ミトラは思わず呆けてしまう。黙って聞いていたアシェリナとジンも思わずきょとんとした。
「あいつは博士なのか?変態医師じゃないのか?」
「え、えぇ・・・。クロウ博士は
「変態だけどな。」
「し、信じられない・・・」
「確かにある部分において猟奇的な面があるのは事実だからな。信じられないのも仕方がない。まぁ、あいつが博士と呼ばれるのを嫌っているのも要因の一つだろうけどよ。」
「嫌がっている敬称で呼ぶミトラも性格悪ぃよな。」
ガハハハッと笑うアシェリナの横で、ミトラは少し拗ねたような表情をした。
「あの人とは切っても切れない縁だからね。」
「どういうことだ?」
「・・・当時、僕の人体実験を行ったのがクロウ博士なんです。」
「な、なんだって!?」
「クロウ博士は元老院の息がかかった研究員の1人でした。非人道的な研究に、多くの人が精神を蝕まれ壊れていく中で唯一残った人物なんです。僕と彼は秘密を共有し、罪を犯した共犯者となりました。本来なら、僕とクロウ博士も過去の罪人者として解任・排斥対象でしたが・・・」
「ミトラとクロウが居なかったらエレメントキューブを製造できなかったと、その件では不問とされたんだ。それに、サージュベル学園を運営するためには、ミトラは必要不可欠な存在だからな。」
「だからミトラが元老院に変わって学園のトップになるってことか。」
ミトラは不本意な表情を隠せずにいる。
「
「至極真っ当な意見だな。」
「学園の統括なんて荷が重いし不本意だけど、これに乗じて学園の七不思議を逆手に取ってやろうと思ったんです。」
「『その形を変えず学園に憑く亡霊』を・・・?」
「はい。僕の見た目が変わらないのであれば、この先も学生として在籍し、
「でも・・・いいのか?ミトラはもう卒業できないってことだぞ。」
セリカの瞳が揺れる。ミトラはフフッと笑みをこぼした。
「確かにみんなと卒業して、新たな道に進むことを夢見たこともあります。しかし、実験に加担することを決めたあの日から、僕は普通の生徒では無くなった。それぐらい覚悟の上です。だから、普通の生徒では味わえない経験を僕なりに楽しもうと思います。」
偽りはないようだ。ミトラの笑顔にセリカはホッと胸をなでおろす。
「仕事は山積みだが、今までだって元老院の仕事は全部ミトラたちがやっていたんだ。特に何も変わらねーよ。それに、これからは俺たちだっているしな。」
「今回の元老院の解散により、サージュベル学園の組織陣営を編成し直したんです。アシェリナとジン先生は、
「そうか。それを聞いて私も安心したよ。」
「それと、さっきのセリカさんの質問ですが・・・僕はアシェリナの2つ年下なんですよ。」
屈託なく笑うミトラの発言に、セリカは思わず2人を交互に見つめた。
「アシェリナ・・・あんた、一体何歳――」
「さて、脱線しすぎましたね。話を元に戻しましょう。」
「いや、待て、まだ――」
「セリカよ。英雄というのは少し謎めいている方がかっこよくないか?」
「いや、あんたのそんな設定に興味は――」
「諦めろセリカ。この2人は、揃うと面倒くさいんだ。」
「そ、そんなぁ・・・」
「ふふふ。さて、セリカさんの
『形を変えず学園に憑く亡霊』の年齢こそが、本当の七不思議ではないかと、セリカはしぶしぶと向き直った。
「さて。まだ一般生徒であるセリカさんが
ミトラは手元にあったタブレットを操作する。セリカは思わず身構えた。世界で活躍する
「今のお前なら意外と簡単かもしれんな。」
しかし、呟きながら頷いたのはジンだった。自分とは真逆の考えに、一瞬呆けるセリカにミトラがタブレットを差し出した。
「ここに、あなたを推薦する
「ご、5人の
差し出されたタブレットには、推薦状と5つの枠が用意されている。
「はい。一般生徒のあなたが
「実力を認めてもらうって・・・戦うってことか?そ、それってすごく大変なことじゃあ・・・?」
「ガハハハッ!生身で戦艦5隻と戦うようなもんだな!」
「そんなの無事で済むわけないじゃないか!」
「まぁ落ち着け。確かに魔法も技術も未熟な生徒からしたら、こんな条件は到底無理な話だ。それほどに、
「自分の実力で5人を屈服させなければいけねーからな。技術差はもちろんだが、
「そ、そんな相手を5人も・・・」
「因みに
「ジン先生とおっしょうは3人の
「俺は7カ月、蛇は5カ月かかったけどな。」
セリカは思わず頭を抱える。そんな悠長に時間を使っていられないはずだ。
「今さっき、簡単だと言ったのは嘘だったのですか、ジン先生!?」
「よく聞いていたか?俺はお前ならと言ったはずだ。」
「え・・・?」
「あぁ、なるほどな。」
アシェリナが納得するように頷く。そしてミトラからタブレットを受け取ると、サラサラとサインを書いたのだ。
「英雄のサインだ。光栄に思えよ、セリカ。」
「ア、アシェリナ・・・?」
「お前の実力は、一緒に戦った俺がよく理解している。まだまだ粗削りだが、素質は十分だ。複数の属性も完全に扱えるように頑張れよ。」
「あ、ありがとう、アシェリナ!」
思わぬ署名に喜ぶセリカとは裏腹に、呆れた声を出したのはミトラだった。
「好奇心が隠しきれてないよ、アシェリナ・・・。」
「はは、ばれたか?」
「え、何だ・・・?」
「そりゃあ、ワクワクするだろ?お前が
「えぇ・・・!?」
「はぁ、それが狙いか・・・。」
「
「そ、そんな理由でサインを・・・!?」
「安心しろって。期待しているのは本当だ。」
訝し気にセリカはタブレットのサインを見つめる。
「でもあと4人・・・。できるだけ早くサイン枠を埋めないと・・・。」
そこにヒョイとタブレットを取り上げたのはジンだった。そして
「え・・・?ジン先生?」
「あぁ、セリカさん。言い忘れていましたが、ジン先生は
「え、そうなのか!?じゃあ教師では無くなったということですか?」
「いや、教師も続ける。
「また、なんで・・・?」
「そりゃあ、愛する嫁が帰ってきたからだよ。」
「揶揄うな、アシェリナ。
確かに、リタを捜索する上で
ミトラのフッと笑う気配がする。
「それに魔法が使えなくても不自由な生活をさせないように、環境を整えてやりたいんだ。」
名前を出さなくても、それがリタのことだとすぐに分かった。
リタは記憶を取り戻した時、ジンを助けようとありったけの魔法力を体に宿らせたという。
「それに・・・」
「それに・・・?」
「いや、何でもない。」
「何だよ、ジン。嫁に教師よりも
「うるさいぞ、このアホ英雄!教師には敬語を使えと昔から言っているだろう!」
「あー図星じゃん!いいねぇーまったく。また新婚に逆戻りじゃん。さぞ夜も燃えるんだろうなぁー!」
「黙らないか、こいつ!」
「やだー!ジン先生ったらいやらしー!」
「取り込み中悪いのですが、ジン先生のサインを頂いてよかったのですか?」
2人の動きがピタリと止まる。ジンは軽く咳ばらいをした。
「リタの件のお礼だと思っているのか?」
セリカはコクンと頷いた。
「・・・もちろんそれもある。」
「でもそれは私の実力を認めたということには――」
「まぁ聞け。確かにお前の実力は
「ジン先生・・・」
「それを理解しているあの2人も協力してくれるだろうよ。」
「2人・・・ですか?」
「フルソラとクロウだ。あの2人もれっきとした
「フルソラ先生は嬉しいのですが・・・あの変態医師か・・・。」
「見返りは求められるかもしれんが無茶なことを言わないように俺からも言っておく。とりあえず、今はお前が
「はい、分かりました。」
「では、残り1名ですね。どなかた、セリカさんの事情を知った適任の方はいらっしゃらないでしょうか?」
「もう1人居る。」
「誰だ?」
「ライオスだ。」
「あー。あのなんか拗らせてるっぽい兄ちゃんか。」
「あいつが簡単にサインをくれるとは思えないけどな。まぁ、話してみる価値はあるだろうよ。」
「分かりました。じゃあ早速、残り3人のサインを貰ってきます。」
「頑張ってくださいね、セリカさん。」
「はい。色々とありがとうございました。」
頭を下げたセリカは颯爽と部屋から飛び出した。
「ふふふ。セリカさんて、素直というか何というか。たまに、
「セリカの境遇ゆえか、たまにガキらしからぬ大人びた
アシェリナはジンを見る。眉間にシワを寄せたジンは窓に手をかけた。
「あいつの師匠、ヴァースキと連絡が途絶えているんだろ?」
「・・・。」
「伝書鳩でやり取りしてたわけじゃあるまいし、ちょっと手が離せないとかじゃねーのか。」
「連絡が途絶えただけでなく、こちらからの通信も届かなくなっている。まぁ、やつのことだから心配はしていないが・・・。セリカに知らせるのはもう少し待とう。」
「俺もあいつの師匠には興味があるんだよなー。」
「アシェリナがヴァースキさんに?」
「あぁ。」
そう言うと、アシェリナの眼光が鈍く光った。
「あいつの両親について聞きてーことがあるんだ。」
エレメント ウィザード あさぎ @asagi-0104
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