第126話 解けた呪い
「ハ、
「そうだ。生徒という立場ではどうしても制限が多くなってしまう。それに、お前を守りながら動くのは、色々後手に回って面倒なんだよ。」
「アシェリナ、言い方があるだろう。」
アシェリナからは悪意を感じない。しかし、ミトラは軽く咳払いした。
「咎人たちの目的が精霊界なら、セリカさんには早急に、精霊界の扉を開くための鍵として役割を担ってもらわなければなりません。しかし、まだ不明瞭なことが多すぎる。我々も調査を続けますが、セリカさん自身に動いてもらった方が早いこともあるでしょう。その時、
「それはそうかもしれないが、私はまだ
「まぁ、異例だろうな。」
可笑しそうに笑ったのはジンだ。
「さすがに、オレも蛇もそんな飛び級はできなかった。」
「え・・・?」
「セリカさんの師匠であるヴァースキさんと、ここにいるジン先生は、学生でありながら
「オレと蛇は、
「そ、そうだったのか・・・。おっしょうからは何も聞いていなかった。」
「だろうな。あいつは自分のことを話したがらないから。」
呆れながら息を吐くジンだったが、どこか懐かしさを滲ませている。
「じゃあ、アシェリナは?あんたもここの卒業生で、世界で活躍する
「あぁ、この人は――」
どこか他人事のように話を聞いていたアシェリナに矛先が向いた時、ミトラは顔の前で手を払う仕草をした。
「問題児だったんです。」
「え・・・?」
「進級に必要なポイントはおろか、座学のほうが全くで・・・。たしか
「おお、そうだったな。
「
「アシェリナの場合、勉強は全然でしたが、それをカバーする戦闘スキルが凄かったんです。学生に配布されていない高難易度のクエストを無理やり強奪、いや、クリアしてしまったりして・・・。」
「討伐クエストはポイント数が高かったしな。」
「その実力の高さだけで、当時の教師を黙らせちゃって・・・結局、それだけで
「それだけで言うと、アシェリナも異例だな。」
「ガハハハッ!学より武を見極めし者ってことよ!」
「もちろん、アシェリナのような方法をセリカさんに強いるつもりはありません。まぁ、やれ、と言う方が無理なんですけど。」
親しみを込めて笑うミトラにセリカはある疑問を抱く。それは零れるように口から漏れていた。
「ミトラは一体何歳なんだ?」
「え?」
沈黙が流れた。その空気に、セリカは慌てて首を振る。
「す、すまない。気にしないでくれ。」
しかし、沈黙を破ったのはミトラの笑い声だった。
「ははは、確かに気になりますよね。」
「無神経な質問だった、よな・・・?」
「ということは、僕が過去に何をしたのか知っているってことですね?」
チラリと上目遣いをする。その視線にアシェリナが口を開いた。
「オレが話した。元老院が瓦解した今、この学園を統率するお前のことを、コイツは知っておいた方がいいと思ってな。」
「元老院が瓦解?ミトラが学園のトップになるってことか?」
「ええ、そうみたいです。」
他人事のようにミトラは言う。
「僕の事は後ほどお話します。それよりも先に、僕はセリカさんに謝らなければなりません。」
「私に・・・?」
「はい。実は咎人たちが撤退した後、中断された
その時を思い出し、笑うミトラだったがすぐに表情を戻した。
「思いがけない展開により、
「条件?」
「はい。1つ目は、過去に人体実験に関わった全元老院の解任及び今後の運営からの排斥。2つ目はエレメントキューブ精製方法の情報開示。そして3つ目が、
「!」
ミトラはゆっくりとセリカの前に立つと、深々と頭を下げた。
「あなたに許可なく条件を飲んだこと、本当に申し訳なく思っています。」
ミトラに続き、アシェリナとジンも頭を下げる。
「それでも、ここでサージュベル学園を終わらせるわけにはいかなかった。この学園には、
「ミトラ・・・」
「セリカさんの保全は第一優先事項です。そのため、あなたには制限を設け、その上で政治利用にも使わせてもらった。怒りはごもっともです。セリカさんが望むことがあれば、可能な限り対応させてもらうつもりです。もちろん、全責任を僕が引き受けます。」
「あ、頭を上げてくれ。」
「いえ、セリカさんはまだ生徒という立場だ。生徒の安全を守るのが
「ミトラだってこの学園の犠牲者だろう。今のサージュベル学園があるのは、身を挺したミトラの勇気があったからだ。」
ミトラはピクリと肩を震わせる。そして静かに頭を上げた。
「私には目的がある。そのために
「セリカさん・・・」
「でも、私の存在共有とはどこまでの範囲なのか知りたい。」
「はい、もちろんです。セリカさんが
アシェリナとジンは懐から紙を取り出す。それには自署と血判が押されていた。
「この紙は特別な素材からできていて、記した名と血判者を記憶し、もし誓約を破った際には、その場でその者の体の自由を奪うという効果を発動させます。その力は、たとえ
「そ、そこまで――」
「そこまでする必要があるということです。そして、世間では
「・・・す、すごいな。」
「
「・・・わかった。」
「セリカさん。」
ダークゴールドの切れ長の瞳にセリカが映る。表情を歪めたミトラはセリカの手を取った。
「これから咎人たちとの戦いが激化するでしょう。どうか僕たちに力を貸して下さい。」
ミトラの手は冷たい。震えるその手に、セリカは温かい気持ちになった。
「ミトラが慕われるのが分かるよ。」
「え・・・?」
「学園の復興活動をする中で、色んな人から話を聞いたよ。特に
「そんな・・・。」
「
ミトラは静かに首を振る。
「
「お前の体はこの学園の機密事項だ。そう易々と話されちゃー困るってもんだよ。」
「分かってるよ、アシェリナ。それでも、ずっと苦しかった。誰にも言えなくて。みんなを欺いて。だから、不謹慎かもしれないけど、過去が公にされて少しホッとしたんだ。本当に思考が利己的すぎて、自分でも、呆れて、しまう・・・」
涙がぐっと込み上げてきて喉が詰まる。ミトラは慌てて顔を隠した。
「僕には泣く権利すらありません。元老院の計略を止められず、片棒を担いでいたも同じなのですから・・・。」
「でもミトラが居なければ、今のサージュベル学園は無かったんだろう?」
「え・・・?」
「だって、そうだろう。ミトラが人体実験を止め、エレメントキューブの開発に協力したから、今の学園の形があるんじゃないのか?なぁ、アシェリナ、ジン先生。」
「えらいシンプルに言ったが、間違いはないな。」
「だろ?その時の選択が、未来の学園を変えたんだ。何か1つでも欠けたら成し得なかった事実だ。ミトラの決断の先に、今の繁栄した姿があるんじゃないか。昔も今も、ずっと学園を守ってきたミトラは本当にスゴイ人なんだって思う。
セリカは笑う。裏表のない実直な言葉に、ミトラは目頭が熱くなるのを感じた。
「ぼ、僕は・・・ぼくは・・・」
碌に魔法も使えない自分に圧し掛かる重く暗い重責。それを自分の咎として、心を殺して生きてきた。それが自分にできる償いだと思っていたから。
「僕は・・・もう喜んでいいのかな・・・みんなの気持ちを受け取っても、いいのかな・・・」
「当たり前だ!もうお前を1人にはしない。お前が守ってきた学園を、今度は俺たちも一緒に守らせてくれ。」
アシェリナがミトラの頭を撫でる。舌打ちをうったのはジンだった。
「ったく、
「アシェリナ、ジン先生・・・。」
「ミトラの呪いが1つ解けたな。やったな。」
ミトラの頬に熱い涙が伝う。それは止まることを知らず、しばらく途切れることは無かった。
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