第4章

第125話 提案

 空気が柔らかい。肌に刺さるような寒さが遠のき、風光る穏やかな空気に芽吹く植物たちの呼吸は、鼻孔にふんわりと甘く届いた。

 しかし、そんな穏やかな空気に似つかわしくない気迫に満ちた声が、瓦礫が重なる建造物から轟いてくる。複数の声と魔法のぶつかり合う音に、枝で羽を休めていた鳥たちが一斉に飛び立った。


 無数に風の刃が飛ぶ。その中に混ざり、炎を宿した石塊も、ある一点を目指して飛び出した。冷気が揺れると、炎の石塊は一瞬で氷漬けにされ、ゴトンと地面に転がる。その隙に間合いに入った風の刃は、突如現れた無数の竜巻によってその威力を失い消えてしまった。

 息を吐く。すると地面から勢いよく噴き上がった炎が足場を襲いはじめた。思わず空中へと回避した先には、夥しい数の疾風の矢が待ち構えている。振り下ろされた手によって、その矢は勢いよく、そのやじりを光らせた。


 「やべっ!」

 「!!」


 予想以上に迅い矢だ。避けられない、と2人が防御態勢に入ろうとした瞬間、凛とした声が響いた。


 「ALL Element 土精霊ノーム!」


 地面に土精霊ノームの紋章が描かれると、その場から土の防壁が2人を守るように聳え立つ。壁に弾かれた矢がすべて落ちたとき、魔法を解除したフルソラの号令が響いた。


 「そこまで!勝者 セリカ・アーツベルク!」


 パチパチパチと手を叩いたのは、スタンドにいたシリアだった。かつては十数段あったスタンドも、今では腰を下ろす場所を探さないといけない程である。

 その中で、決闘デュエルの行く末を見守っていたシリアの表情は穏やかだった。


 「あ~あ、負けちまった。もうちょっとタイミングが合ってればなー。あそこでもう少し距離を詰められただろう、菲耶フェイ。」

 「おマエのタイミングに合わせるなんテ、言ってナイ。」

 「あのなー、一緒に戦う相手が全員女と限らないんだぞ?男とだって合わせていかないと、やられちまうぞ。」

 「うるさい、脳筋ゴリラ。」

 「なんだと!今度はお前と決闘デュエルしてやろうか!」

 「望むところダ。ズタボロにしてやるヨ!」

 「よっしゃ、フルソラ先生――」

 「タイムアップだ。私はこれから会議があるから審判者アルビトロはできないぞ。」

 「えぇ~~、そんな~!」


 テオは脱力し、その場に座り込んだ。


 「悪いな。学園再興の為に、教師は毎日目の回る忙しさだよ。」

 「そうですわ。そんな忙しい中、お時間をいただいたのだから感謝しなくては。」


 いつの間にかスタンドから移動してきたシリアにテオが口を尖らせる。


 「それで、お前はどうだった?」


 フルソラは拳を握ったり広げたりしているセリカへ向き直る。


 「やっぱり、火と風の魔法を見ながら戦うのは勉強になります。イメージが伝わりやすいし、エレメントによって威力の調整が微妙に違う。」

 「使役する精霊は1つの個だ。人間がみんな違うように、精霊にも同じ個体なんていない。連れ添う事で魔法の幅も形も最適化していくんだ。それがセリカの場合は複数だからな。今の精霊の力を最大限に活かすには、確かに慣れと実戦が必要だ。」

 「はい。」


 学園が襲撃されてから1カ月が経とうとしていた。復興を目指す学園だが、襲撃の爪跡は思った以上に深かった。セリカたちが居る演習室も、処々ところどころが破損しており、急ごしらえの修復により何とか形を保った状態である。

 通常の生活を取り戻すため、教師、生徒が一丸となって復旧するにも限界があった。その時力を貸してくれたのが、魔法域レギオンを統治する3つの機関である。

 西のノスタミザを治めるインネ。東のハドリジスを治めるマソイン。北のシムリを治めるオクリタ。魔法属性評議会エレメントキャンソルで主張をぶつけ合った3人の代表は、サージュベル学園の復興に援助を惜しまなかった。それぞれの魔法域レギオンが得意とする支援のおかげで、サージュベル学園は急速に元の日常へ戻りつつあった。


 「忙しいところ、無理をいってすいませんでした、フルソラ先生。」


 上級魔術師ハイウィザード医療メディカルクラスの教授を兼任するフルソラが、襲撃の後処理に、毎日東奔西走していることは知っていた。しかし、演習室を借りる手続きをする際、審判者アルビトロを買って出てくれたのがフルソラだったのだ。


 「本来、火と風は相性がいいエレメントだ。使い方次第では、セリカの大きな武器となるだろうな。」

 「・・・でも、まだまだです。」

 「焦らなくていい。お前にはたくさんの理解者がいることを忘れるな。」


 セリカが後ろを振り返る。そこにはテオとシリアと菲耶フェイが手を振っている。





 学園襲撃から1週間後、生徒会室に呼び出されたセリカを待っていたのはミトラとアシェリナとジンだった。

 重厚感がありながらも、シックな椅子に腰かけたミトラの金糸が揺れる。両隣には、あちこちに包帯やガーゼを巻いたアシェリナとジンが立っていた。

 改めて、はこになった経緯を聞かせてほしい。ミトラはそう口を開いた。既に3人には複数の精霊が入っていることを知られている。セリカは包み隠さず自分の秘密を口にした。そして話し終えた時には、誰もが眉間にシワを寄せ、難しい顔をしていた。


 「おっしょうからは、特にはこについて制限されていた訳では無いんだ。はこなんて存在、信じる者だけが知っていればいいとだけ言っていた。」

 「ったく、アイツらしいっちゃーアイツらしいが・・・。しかし、蛇がお前の入学の話をした際に、オレにそのことを伝えていればよかったんだ。回りくどいことをしやがって。」

 「いろんな世界を見てきたが、はこなんて存在は、信憑性の無い昔話かと思っていた。でも、実際に目の当たりにしちまったら信じるしかねーわな。」

 「・・・できれば、私がはこであることは秘密にしてほしい。何か根拠がある限り、はこなんて誰も信じないだろうから。」


 自分が普通じゃないということを明確してほしくなかった。セリカの脳裏に、シリアたちの顔が思い浮かび、思わず目を伏せる。


 「それはもう無理だ、セリカ。」


 口角を上げながらアシェリナが言う。


 「秘密にするにはちょっと遅すぎるな。」


 難しい顔をしたままジンも続いた。


 「僕たちもセリカさんの存在を公然とするわけではありません。言い方は悪いかもしれませんが、寧ろ切り札として隠しておきたい。しかし、あなたの存在と能力は既に知れ渡りはじめています。」


 穏やかでゆっくりと話すミトラだが、そこには有無を言わさぬ雰囲気を漂わせていた。


 「セリカさん。あなたはクエストで魔術中央図書館アバンダントセントラルライブラリーに行った際、そこで会ったソフィア様に精霊を入れてもらったと言いましたが、その他にもはこについて何か言われませんでしたか?」


 セリカはソフィアとの会話を思い出す。しかしすぐには言葉にできなかった。それは少しの恐怖。あまりにも規模がでかい話に、あの時はピンとこなかった。でも、それを口にしたら巨大な渦が現れ飲み込まれるかもしれない。そしてそれは自分1人ではなく、今目の前にいる人たちだって巻き込むかもしれないのだ。


 「セリカ。お前1人でどうにかできると思っているのか?」


 アシェリナの声に顔を上げる。まるで何もかもを見透かすその視線から、セリカは逃れることができなかった。


 「はこは精霊界への鍵、だと・・・精霊を使役できない咎人たちが、精霊界の掌握を目論んでいるとも・・・」


 ドクンと心臓が鳴る。口に出したらその現実があっという間に身近に感じてしまい、セリカは鳥肌の立った腕をさすった。今回のサージュベル学園のようなことが、世界規模で起こる可能性があるということなのだ。


 「そうだ。お前が今考えたように、お前の存在は咎人たちとの全面戦争のトリガーとなる。」

 「今回、属性魔法評議会エレメントキャンソルを狙ったのも、咎人たちからの宣戦布告と思っていいでしょうね。」

 「賽は投げられた、ということだな。向こうも本腰をいれてお前を狙ってくるだろう。」


 セリカは再び俯いた。ソフィアからはこの役割を聞いたとき、『覚悟はこれから決めていく』と話したのを思い出す。

 精霊を消してしまう霊魔を、子どもを犠牲にする咎人を放置できない。その気持ちだけはハッキリしているのに、人間界と精霊界の2つの世界を繋ぎ守るという実感が、未だに稀薄なことを認めざるをえない。

 しかし、今回の咎人たちの急襲は、セリカのぬるい覚悟を的確に衝くものだった。被害はもちろん、犠牲者やその家族たちの悲嘆は想像に難くない。


 ミトラが数枚の紙を机の上に取り出すと、コピーしたものをアシェリナとジンに手渡した。


 「生徒会プリンシパルのメンバーがこの短い期間ではこになる条件や、はことしての役割などを調べてくれてね。文献が少ない分、苦労したみたいだけど。

 それで、精霊界への鍵となる為には、4つの精霊を体に宿さなければいけないということだった。セリカ君は、すでに土精霊ノーム以外の精霊を宿しているということでいいのかな?」

 「はい。おっしょう、ソフィア、そしてジン先生に入れてもらいました。」

 「暁の水蛇、大魔術師ヌーアウィザード、夜凪の一閃、か・・・。またすごいメンバーだな。」

 「ただ、もし残りの土精霊ノームの精霊を入れたとして、鍵がどのような形で、どのように精霊界を繋ぐかは解明されていないってことか。難儀な話だ。」

 「それでも、咎人たちは実力行使で来る可能性が高いでしょう。咎人たちは独自の科学技術を持っている。それは創造クリエイトクラスよりも遥かに高度な技術だと思っていいと思います。」

 「融合霊魔ヒュシュオ、使役権限、自給強化、柱石五妖魔スキャプティレイト・・・。ここ数年で、咎人たちに一体何が起きたというんだよ。」

 「そこもこれから解き明かす必要があると思います。しかし、今は何よりも、セリカさんの保護を優先すべきでしょう。」

 「私は――」


 セリカの脳裏によぎった結論。しかし、それはセリカが発する前にアシェリナによって遮られた。


 「学園を退学するのは無しだ。もちろん、俺たちからの監督を辞退するというのもな。」

 「な、なんで・・・」

 「さっきも言っただろう。1人でどうにかできると思っているのか、と。ほんの少しの間だが、お前と共闘した時に思ったんだ。お前はソロに慣れすぎている。協調性も調和性も全く理解していない。今まで1人で何とかできていたんだろうが、もうそんなことを言っている段階じゃあなくなってきているんだ。」

 「でも私がここに居ることで、人や物が被害に巻き込まれてしまう。だったら、私が単独で動けば――」

 「そんな自己犠牲を持った奴に、精霊は任せられねーな。今すぐ夜凪ノンティスを返してもらおうか。」


 冷たい声だった。ジンの厳しい眼差しに、セリカは思わず視線を逸らしてしまう。 

 『想う気持ちが精霊へ力となる』 耳にタコができるほど聞いたおっしょうからの言葉だ。『想う気持ち』を自己犠牲へと解釈するほどセリカも愚かではない。


 「そうですよ、セリカさん。あなたがここを出て、単独で動くことこそが悪手です。そして、私たちもそれだけは絶対に認めません。」

 「じゃあ、どうすればいいんだ。私は大人しく保護される気はないぞ。」

 「あなたがそれを望まないことは分かっています。それにまだ土精霊ノームの件もある。鍵として完成するまでは、あなたには逆に動いてもらわなければならない。」

 「そこで、俺たちからの提案だ。」

 「提案?」

 「お前、上級魔術師ハイウィザードになれ。」

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