10 真相と書いてラブコメと読む

 洞窟の奥深くに、ハデスは一人壁に向かって座っていた。一人になって、しばらくの間何も考えたくなかった。

 それほどまでに心にできた傷は深く、大きかった。心を閉ざしていたはずなのに、遠くから入り口を塞いでいた岩が崩れ落ちる音が聞こえると、一瞬だけ体がピクリと反応した。

 


 サーシャが予想していた通り、岩には魔法では壊れないように細工がしてあった。壊す方法は物理攻撃のみ。そうすれば、冥界の者は入っては来れない。そういう心づもりだった。

 それなのに岩が崩れたのだ。

 つまり、誰かが強力な物理攻撃で岩を破壊した――そんなことができるのは……彼女が知る限り、一人しかいない。


 聞き覚えのある足音が近づいてくる。



「よぉ、ハデス様! またこんなところでいじけてるのかよ」

「……」


「今度は何だよ、サーシャちゃんに嫌われでもしたのか?」

「……」


「ははぁん、アーヤとリアムがらみだろ!」

 ガルシアの言葉に対して、ハデスは一切返事をしない。振り向いて顔すら見ようともしない。


 ガルシアは、ハデスがこんなにもいじけているのだ。しかし直接その話題に持っていかず、わざと別の話題を振ってみるも、そのどれもが無反応だった。


「……」


 仕方ねぇなぁとぽりぽりと頭をかきながら、ガルシアが本題に入る。

「……この間ののことだろ」


 結婚式、その言葉にハデスがぴくりと反応する。そしてガルシアの方を振り返る。彼女の目には涙が溜まっていて、今にも瞳から溢れ出しそうだった。


「すまねぇな、ハデス様。来てくれてたんだよな。一瞬ちらっと姿が見えたんだが、声をかけようと思ったらいなくてよ……それで怒ってるんだろ?」


「……ひっく」

 ついにハデスは堪えきれずに泣き出してしまった。そしてガルシアの巨体に抱きついて、両手で彼の胸筋あたりを叩く。



「ばかばかばかばか! どうして私以外のやつと結婚するんだよ! 私の気持ちを知ってるくせに!」



 うわーんとハデスは人目を憚らずに声を出して泣いた。っていうか、この洞窟にいるのはハデスとガルシアだけなのだが。彼女の泣き声が洞窟中にこだまする。今、ガルシアの目の前にいるのは圧倒的魔力で冥界を支配する冥王ではなく、ただの恋する乙女ハデスちゃんなのだ。



「……ぁん?」



 ハデスの言葉を聞いて、ガルシアは目を見開いて驚いた。何を言ってるんだ、この冥王様は? といった表情だった。ガルシアの様子がおかしいことに気づいたハデスも「え?」と一瞬冷静になって彼から離れた。



「俺様が……結婚?」

「え? ……だってお前、一丁前の服着て結婚式にでてたじゃねぇか!」



 だんだんとハデス様の口調が元に戻りつつある。さんざん涙して悲しんだ後は、ガルシアに対する怒りが込み上げてきたのだ。


「いや、だからそれは」

 ガルシアに弁明の余地も与えず、ハデスが畳み掛ける。「しかもよ、あんなに綺麗な女の手を握って、涙まで流してたのを私は見逃さなかったぞ!」


 ああ、もうこりゃだめだ。ハデス様は盛大に勘違いしてやがる。しかもこうなったら一切こっちの話を聞きやしねぇ。すまん、ハデス様!


 そう思いながら、ガルシアは両手でハデスの顔を挟み、しっかりと目を見つめた。ハデスが恥ずかしがって顔を背けようとすると、彼の両手が再び彼女の顔を正面に戻す。

 恥ずかしさのあまり目線を逸らしていたハデスだったが、ガルシアがあまりにも真っ直ぐに自分のことを見つめるものだから、仕方なく彼女も見つめ返した。

 

 

 一体何を言われるのだろう……愛の告白? いや、でもこいつは結婚式を挙げたんだ……何? ガルシアは何を言うつもりなんだろう? ハデスの心臓の鼓動が高鳴る。

 そして、ガルシアの口から真相が語られた。



「いいか、ハデス様。あの結婚式は、俺様ののためのものだ」



「……い、妹?」

 ハデスが予想だにしなかった答えにすっとんきょうな声を出す。


「そう。俺様と妹は小さいときに両親を亡くしていてよ。だから俺様が父親がわりとして結婚式に参加していたと言うわけだ……わかったか?」


「父親がわり……なるほど……。なるほどじゃない……お、おお……わかっていたさ。それくらい!」


 絶対わかっていなかっただろ、とガルシアは突っ込もうと思ったが、これ以上こじらせたら話がややこしくなるからやめておこうと自重した。


「ってことは……お前は……結婚は……して……ない?」


「ああ、結婚なんかしちゃいねぇよ。だいたい俺様が結婚するときにハデス様をじゃねぇか!」



「……ん? それはどういう……」


 ガルシアはハデスから両手を離し、顔を少し赤らめながら後ろを向いた。そんなガルシアの姿に、ハデスはすっかり機嫌を取り戻して、「なぁ、私は招待客じゃなくて、どういう立場で呼ばれるんだ? 教えてくれよ!」と背中をツンツン! とつっついた。



「フン! それくらい自分で考えやがれ! それよりもよ、洞窟の外でサーシャちゃんたちが待ってるぜ! それと大臣も! 大臣は死にそうだったから早く助けてやってくれ!」



 早足で洞窟を後にするガルシアと、その後ろをルンルン♪ とスキップをしながらハデス様がついて行った。



 ちなみにリースの街でアーヤとリアムが踏んでしまった魔法陣は、悲しみのどん底にあったハデス様が冥界に帰るときに消し忘れたものだったのである。

 そして、もう一度第02話を読んでみると、読者の皆様は確かにガルシアが結婚したとは一言も書いていないことに気づくのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る