043 勅命

 礼拝堂での出来事から数時間後。

 

 二人は宮殿にあるそれぞれの自室で汚れを落とし、着替えを済ませて王の間にいた。

 

 部屋の一番奥には、国王ニクラス一世がいつもと同じように玉座にどっしりと構えて座っていた。その右隣に宰相ドーカスが落ち着かない様子で立っている。さらに、部屋の中央に敷かれている赤色の敷物を挟むようにして兵士が2名、武器を持って直立不動の姿勢を崩さない。


 アーノルドとリディアは玉座からいくらか離れた場所で片膝をつき、王の言葉を待っていた。


 ……えっと、あれあれ、なんか物々しい雰囲気なんですけど……これって国王からお叱りを受ける感じかしら……。


 リディアは下を向いて冷や汗をかきながら、精一杯頭の中で考えた。


 ……多分聞かれるのは魔物のことよね……どこまで話してよいものか……ああ、アーノルド様と事前に打ち合わせくらいしておけばよかった!



「顔をあげよ」



 その言葉にハッと頭を起こし、リディアはニクラスを見つめた……無表情。これはやばいんじゃないか……思わず隣にいるアーノルドを見ると、彼はしっかりとニクラスを見つめて目を離さなかった。慌ててリディアもそれに倣う。


「アーノルド」

「はい」

「2つ、お前に尋ねたいことがある。嘘偽りないよう答えなさい」

「はい」


 ニクラスの口調は落ち着いていた。怒っているわけではなさそうかな……とリディアは思った。


「お前はラームが魔物だということを知ってて、礼拝堂に連れてきたのか?」


 アーノルドは一瞬躊躇ったが、ここで嘘をつく必要はないだろうと判断して答えた。


「……はい。」


 魔物を倒すべき勇者が宮殿に魔物を招き入れるとは言語道断! と一喝されるだろうと思っていたが、ニクラスは表情一つ変えなかった。まるでそう答えると最初から知っていたかのように。


「勇者の目的は魔物を倒すこと。仲良くすることではないぞ」


 そうですぞ! とニクラスの言葉に合わせて隣にいた宰相も話を合わせる。それに対してアーノルドも反論する。


「しかし、父上。魔物の中にもいい者はいるのです。実際に会っ……」

 話を続けようとするアーノルドを遮り、ニクラスが言葉を重ねる。

「甘い、甘いぞアーノルド。魔物に少しでも情を持ってはいかん。奴らは『人間と仲良くしたい』という甘い言葉で誘ってくるのだ。……その結果がこれだ。礼拝堂は壊され、私やお前たちの命が危険に晒されたんだぞ」


 先程の礼拝堂での出来事を思い出してしまう。確かに、ラームが暴走して三人の命が危なかったのは事実だ。アーノルドは何も言えなくなった。


「リディアはどう思うのだ?」


 ニクラスがリディアの方を向いて尋ねる。


「ふぇっ、えっ……えっとですね……」


 突然話を振られて、リディアは変な声を出した。一瞬慌てたが、ゴホンと咳払いをして真面目に答える。


「私もアーノルド様と同じ意見です。わずかな間ですが、アーノルド様と一緒に旅をしていい魔物もいることがわかりました」


 ふう、とニクラスが息を一つ吐く。リディアの答えに対して特に何も言及することなく、再びアーノルドの方を向き言った。


「リースの街は炎の雨によって壊滅状態と聞いた。お前たちもちょうどその時期にリースにいたはずだが……そんな中をどうやって無傷で帰ってこれたのだ?」



「それは……」



 アーノルドが返答をためらう。


 魔物がとんでもない魔法を使うこと、転移魔法を使って戦渦から抜け出したこと……ケプカやサーシャのことを今、話すべきかどうか……悩んだ。


 すると、リディアがかわりに答えた。

「ラームさんに助けてもらいました。気がついたら礼拝堂へ……」


 驚いてアーノルドがリディアの方を向く。リディアも表情を変えずにアーノルドと目を合わせ、再び国王の方へ向き直る。嘘をついてしまったことは、どうやら国王にはばれていないようだった。


「……そうか。あの魔物がお前たちを助けてくれた……ということか」


 ニクラスは玉座から立ち上がり、膝をついたままの二人も立たせた。そしてアーノルドとリディアの目の前にたち、二人の肩にポンと手を置いた。


「もしかしたら私の考えも改める時期に来ているのかもしれないな。」


「父上……」


「しかし、まだまだお前は甘い。魔王には到底及ばない。今、ポンボールにレベルの高い勇者たちが集まっていると聞く。行って彼らの戦い方を学んできなさい」


 ニクラスは二人の肩から手を離し、アーノルドに向けて強い口調で言った。

「そして、悪い魔物は容赦無く殺せるようになりなさい。そうでないと自分の命が危ういぞ」


「……わかりました」


 アーノルドはそう答えたものの、自信はなかった。武器すらまともに持てず、ラームの死を目の前にして吐いてしまったことを思い出し、うつむいてしまう。


 そんな弱気になっている自分の息子を見て、ニクラスはリディアに頼んだ。


「リディアよ……これからもアーノルドに同行するように。まだまだこやつもひよっこ同然。助けてやってくれ」


「もちろんです、陛下」



 こうして、二人は北にあるテレジア王国第二の都市、ポンボールへ向かうこととなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る