035 敗北

「逃がすわけないだろう!」

 宙に浮いたまま、ケプカが三人を見下ろす。そして人差し指を軽く振ると、空から無数の黒い炎が降ってきた。


「!!」


 空を見上げたままのリディアが冷静に分析する。

 炎の落ちてくる範囲、速度……うん、逃げられない!


 アーノルドも何も言えず、その場で固まったままだった。


「そこを動くなよ!」

 ラームがリディアとアーノルドに近づき、魔法の障壁を作り出す。いくつもの炎が降りかかるがそれを全て弾き飛ばす。


「ありがとうございます! もうダメかと思いました!」

「いつまで防げるかわからんけどな!」


 恐怖のあまり動けず、そして言葉も失ったアーノルドに気づき、ラームが

「しっかりしろよ、こういうときは王子様が姫様を守るもんだぜ!」

 と、彼の背中を思い切り叩いた。おかげでアーノルドも緊張が少し解けたようだった。


 えっ、今私のこと姫様って呼んだ? さっきは護衛って呼ばれていたのに! リディアはリディアで「姫様」なんて呼ばれたものだから、こんな状況の中なのに一人でにやけてしまった。


「最後の最後で、これを使え。いいな。」

 ラームは小さな声でそう言って、こっそりアーノルドの腰に下がった荷物入れの中に聖水を入れた。 




「無駄な悪あがきを……もう勝ち目はないぞ!」

 ケプカが追加であと二回、人差し指を振り下ろした。指が動くたびに先ほどと同じ無数の黒い炎がさらに三人に襲いかかる。


 青空が黒い炎で埋め尽くされ、一瞬夜になったかと思うほど周囲が真っ暗になった。


「くそっ!」

 ラームが両手を広げて魔法を使っているが、圧倒的な量の黒い炎に耐えきれず立っていられなくなった。


「ラームさん!」

 リディアが叫んだ瞬間、魔法の障壁にヒビが入り音を立てて砕け散った。


 そこから無数の黒い炎の塊が勢いよく三人に飛びかかってきた。「うわぁ」とか「きゃあ」なんて言葉を出す間も無く、三人は黒い炎を全身に浴びて倒れた。


 直後に、地震かと思うくらいの地響きと数えられないくらいの爆発音がリースの街全体を襲った。


 


 数分後、爆発による土煙がようやく収まってきた。相変わらずケプカは宙に浮いたまま、三人がいた場所を見つめていた。


 

 そして、眉をひそめる。


「……どこにそんな力が残っているんだ……」


 視線の先には、ボロボロになりながらも立ち上がるラームの姿があった。


 ラームは自分の横で倒れたままの二人を見る。


 全身を酷く火傷しているが、なんとか生きている。炎に焼かれる寸前で二人にかけた魔法の障壁で致命傷は避けられたみたいだ……フィリアがよこした二人だ。こんなところで死なせるわけにはいかない。フィリアに合わせる顔がないじゃないか……。



 ラームの体から再び魔力が溢れ出て、体が金色に輝く。


「まさか、お前……生命力まで魔力に変えるというのか!?」


「絶対に許さないと言っただろ……一緒に冥界へ連れて行ってやる……」



 「ラームを消せ」という魔王からの直接の命令だ。逃げるという選択肢はなかった。

 ケプカは金色に輝くラームを見て、彼の捨身の攻撃を避けることは不可能と判断した。であればこちらも最大級の魔法をぶつけて相殺するしかない……。ケプカの体が漆黒に輝き出す。



「くらえ!」

 

 先に動いたのはラームだった。体から溢れ出した金色の光が大きな一つの塊となって勢いよく向かっていく。それを見たケプカも黒い炎の塊をぶつけて応戦する。


「クソおおおおオオォ!!」


 しかし、金色の光は黒い炎を蹴散らし、ケプカの体を吹き飛ばした。




 もうラームに立っているだけの力は残っていなかった。空を見上げ、

「……くそったれ」

と言って、崩れ落ちた。



「はあ、はあ、許さんぞ……」


 ケプカはラームの渾身の一撃をまともにくらい、首から上しか残っていなかった。

 いや、最後にぶつけたあの一撃があったから軌道がわずかに下にずれたのだ。


 大丈夫、奴はもう立てないはずだ。回復に時間をかけても問題ない。首の付け根からボコボコと黒い泡が出てくる。それがゆっくりと人の形を成していき……


「ふう」


 ケプカは完全に元の姿に戻った。体内に魔力はほとんど残っていなかったが、死にかけの三人を始末するくらいは容易い。


 ゆっくりと地面に降りてきて、またゆっくりと歩みを進め三人の前に来た。そして様子を観察する。


 アーノルドとリディアは全身がただれているし、呼吸も止まっている。もう事切れている。

 ラームは……魔力をほぼ使い果たして意識がない。放っておいても死ぬだろう。いや、しかし先程の例もある。特に魔族は何をしでかすかわからない。ここで確実に葬っておくのが良い。


 ケプカはまたも掌から炎を出した。



 そのときだった。


 倒れた三人の周りの空間が歪んだ。ケプカは目がおかしくなったのかと疑ったがそうではなかった。

 そして、歪んだ空間が元に戻ったときには三人の姿がなくなっていた。


「これは……転移魔法? 一体誰が……」


 ケプカはその場に立ち尽くしてしまった。

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