006 国王ニクラス一世
帳簿をしまい、今度こそ帰ろうとしたときだった。
控えめな音を立てて扉がゆっくりと開いた。
また誰かしらがやってきたのだろうか。
受付時間は過ぎているんだから今度こそはきっぱりと断ってやる!とリディアはつかつかと扉の前まで行き、勢いよく開けた。
「もう受け付けは終了です! また明日どうぞ!」
「リディア……元気そうだね?」
目の前には口に髭をたくわえた貫禄のある男性が驚いた顔で立っていた。
鋼鉄の鎧に身を包み、王家の紋章が入った焦茶色の外套が夕日に照らされて光り輝いていた。
この人物こそテレジア王国の国王、ニクラス一世その人であった。
「こ、国王陛下! し、失礼しました!」
リディアはすぐに右膝を付き一礼した。
「よいよい、気にするな。それより……一人勇者にしてほしい男がいてな」
「ええ、喜んで! 陛下が直々に連れてこられる者でありますから、それは相当の腕前なのでしょう」
「時間外だが……よいのかね?」
まるでリディアの心を読んでいたかのように悪戯っぽい表情でニクラスは言った。
リディアは顔を真っ赤にして帳簿のところまで駆けた。
「それで、いったいどなたを勇者になさるおつもりで?」
国王は後ろを向き「入りなさい」と声をかけた。すると細身の男性がすっと中へ入ってきた。
膝下まで伸びる、白くそして周りを金色に縁取られた洋服の中央には王家の紋章が赤い糸で刺繍されていた。
宝石もあちらこちらに散りばめられ、いかにも王族といった雰囲気を醸し出していた。
金色できれいにまとまっている長髪は、女性に間違われそうなくらい柔らかい。顔立ちは国王の若い頃を髣髴とさせるようなさわやかさがあった。
「アーノルド様!?」
思わずリディアは声をあげ、国王のほうを向いた。
「この子も国のために勇者としてがんばってもらおうと思ってな。なあ、アーノルド!」
そう言って国王はアーノルドの背中をどんと叩いた。するとその衝撃によろめき、アーノルドは二、三歩前へと進んで倒れた。
「アーノルド様! 大丈夫でございますか?」
リディアがすぐに駆け寄り、アーノルドを抱え起こした。その体は見た目以上に軽く、拍子抜けしたほどだった。腕も体も足もだいぶ細いことが感じ取れた。
「あ、ありがとうリディア。大丈夫だ。すまないね、恥ずかしいところを見せてしまって」
アーノルドは起き上がり服についた汚れを手で払った。国王はアーノルドの肩に手を置き、リディアに向かって言った。
「まったく……。このくらいで倒れるんじゃない……と言うわけで、リディアよ。アーノルドを勇者として登録してくれんかね」
「し、しかし国王様。跡継ぎでもあるアーノルド様を勇者として登録するのは……魔物退治はあまりにも危険ではないでしょうか?」
心配な表情で話すリディアに、国王はかぶりを振って答えた。
「だからこそだよ。アーノルドは今まで何不自由なくここまで育ってきた。さっきも見て分かっただろう、時期国王にするにはあまりに貧弱すぎるのだ。もちろん今まで甘やかしてきた私の責任なんだが……これを機にいろいろと経験を積んで、成長していってもらいたいと思っているんだよ」
「リディア、僕自身からもお願いするよ。今のままでは父上のような立派な国王にはなれないと思うんだ。勇者として活躍することで、少しでも父上に近づくことができる気がするんだ」
アーノルドもそう言ってリディアをまっすぐに見つめた。そこまで言われると、リディアに拒む理由は何もなかった。
「わかりました。では登録と必要な道具の準備をしますので、しばらくお待ちください」
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