狂っているわけじゃない……ううん、狂っているかもしれないけど、そんな風には見えないで、普通に生活している、あの女達。


 私を殺して、平然と、笑いさざめく、あの女達。


『彼』もまた、彼女らに殺された。

『彼』の場合は、全くの不可抗力のようだけど。


 よりによって、隣人同士を二股にかけて、修羅場の挙句、突き飛ばされた拍子に、死んでしまった『彼』。

『彼』に全くの非がないわけじゃない。


 というか、一番悪いのは、やっぱり『彼』だろう。


 元はと言えば、本命の彼女に振られた逆恨みで、もう一方の彼女の部屋に忍びこんで、金目の物を物色していた所を見つかったのだ。


 だから、別に、同情もしない。ただ。


 その後、切り刻まれて、鉢に埋められたのは……やっぱり憐れだと思う。

 エグいとか、気持ち悪いとかいうより、幽霊になってもバラバラのままなのが。

 首がないのは、他の部分が山の土なり川なりに戻されて、一応は自然に帰ったから。

 例えその経路が下水道や不法投棄であっても、関係ないらしい。

 ただ、頭部だけは、なかなか粉々に出来ず、いまだに鉢に眠っているのだ。


『彼』が死んでしまった時、慌てて二人で対応を考え、怪しいサイトで死体の処理方法を探して。


 殺害現場の部屋や死体を切り刻んだ浴室を、使う気になれない程度の理性はあるらしく、実際彼女らはルームシェアしていた。

 ただ、花の世話だけに使っていたのだ……死体を埋めた、薔薇や百合や山梔子の鉢植えを。

 匂いの強い花ばかり増やしていき、たまに隣人の苦情を受けて処分し。

 生活してない部屋に、最新式の空気清浄器を置き。

 そこまでは、分かる……共感はできないけど。


 必死で、隠そうとしてたんだろう……でも。


 私が、現れて。

 知らないはずの過去を、私がなぞっていったことを知り。


 私の存在を消そうとした時……そこにあったのは、全てが明かされたらどうする、という焦燥感より、どうやって殺そうか、という愉悦の方が勝っていたはず。


 そう。



 彼女らは、私を楽しんで殺したのだ。




「でもあんなに上手くいくとは思わなかった」

「私も。外から見たら、ホントに自分から落ちたように見えたもの」

「タイミングが難しかったのよね。丁度タクシーから降りるところで、上手く身を乗り出してくれたから、思いきり両足持ち上げて。よくポケットにメモリ放り込むまでできたって、自分で感心しちゃうわ」

「あの夜しか都合のいい日なかったしね。夜勤だとか帰省だとか、コッソリ探って、あの時間、誰もいないの、狙って」

「際どかったよね。看護師の彼女、まさかあの時間に夜勤から帰ってくるなんて」

「まあ、おかげで目撃者増えたからよかったじゃない」

「上手くいったね」

「うふふ……」







   ***



 頭が痛い。


 あの日、あの夜以来。


 目の前で、飛び降り自殺が、あった夜。

 体調が悪くて、夜勤なのに早めに帰らせてもらえて、いつもとは違う時間の帰宅だった。

 アパートの前のロータリーで、顔を覚えたばかりのアパートの住人と一緒になり、挨拶を交わした直後に、目の前に落ちてきた。


 仕事がら、幾らかは、死や血に慣れているとはいえ、やっぱりショックだった。

 まだ引っ越したばかりで、顔も覚えてない人だったけど。


 あの夜から、体に染み付いた、匂い。


 三軒隣のベランダにある、百合の花の匂いかと思ったけど、違う。


 ジャスミンみたいな、でももう少し甘ったるい匂い。


 決して嫌な匂いじゃないのに、何だかクラクラする。


 仕事場では気にならないから、この部屋に問題があるんだろうか。

 時々、夢にも現れる。

 花のことで、言い争っている人達。

 

 その夢の中で、一際強く匂う、花の香り。


 何の花?






 ……チ……シ……。




 誰かの、声がする。

 スマホを手にして、画面を開ける。

 周囲には内緒で、たまに小説を書いて投稿してる。

 思い付くまま、タイトルを入れる。


 ……チ……シ。


 く・ち・な・し。




『<山梔子>


 一



 蒸し暑い夜。


 まだ7月に入ったばかりだというのに、寝苦しい夜だった。

 うとうとしていたけれど、不意に眼が醒める。

 部屋に充満する、甘い匂いで、頭がクラクラする………………』








 山梔子;くちなし




 天国に咲く花とされる。





 ……もはや、言葉を紡げない者が、その甘い香りに、思いを込める……のかもしれない。





 そして。







 物語は、繰り返される…………。









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山梔子 清見こうじ @nikoutako

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