十
狂っているわけじゃない……ううん、狂っているかもしれないけど、そんな風には見えないで、普通に生活している、あの女達。
私を殺して、平然と、笑いさざめく、あの女達。
『彼』もまた、彼女らに殺された。
『彼』の場合は、全くの不可抗力のようだけど。
よりによって、隣人同士を二股にかけて、修羅場の挙句、突き飛ばされた拍子に、死んでしまった『彼』。
『彼』に全くの非がないわけじゃない。
というか、一番悪いのは、やっぱり『彼』だろう。
元はと言えば、本命の彼女に振られた逆恨みで、もう一方の彼女の部屋に忍びこんで、金目の物を物色していた所を見つかったのだ。
だから、別に、同情もしない。ただ。
その後、切り刻まれて、鉢に埋められたのは……やっぱり憐れだと思う。
エグいとか、気持ち悪いとかいうより、幽霊になってもバラバラのままなのが。
首がないのは、他の部分が山の土なり川なりに戻されて、一応は自然に帰ったから。
例えその経路が下水道や不法投棄であっても、関係ないらしい。
ただ、頭部だけは、なかなか粉々に出来ず、いまだに鉢に眠っているのだ。
『彼』が死んでしまった時、慌てて二人で対応を考え、怪しいサイトで死体の処理方法を探して。
殺害現場の部屋や死体を切り刻んだ浴室を、使う気になれない程度の理性はあるらしく、実際彼女らはルームシェアしていた。
ただ、花の世話だけに使っていたのだ……死体を埋めた、薔薇や百合や山梔子の鉢植えを。
匂いの強い花ばかり増やしていき、たまに隣人の苦情を受けて処分し。
生活してない部屋に、最新式の空気清浄器を置き。
そこまでは、分かる……共感はできないけど。
必死で、隠そうとしてたんだろう……でも。
私が、現れて。
知らないはずの過去を、私がなぞっていったことを知り。
私の存在を消そうとした時……そこにあったのは、全てが明かされたらどうする、という焦燥感より、どうやって殺そうか、という愉悦の方が勝っていたはず。
そう。
彼女らは、私を楽しんで殺したのだ。
「でもあんなに上手くいくとは思わなかった」
「私も。外から見たら、ホントに自分から落ちたように見えたもの」
「タイミングが難しかったのよね。丁度タクシーから降りるところで、上手く身を乗り出してくれたから、思いきり両足持ち上げて。よくポケットにメモリ放り込むまでできたって、自分で感心しちゃうわ」
「あの夜しか都合のいい日なかったしね。夜勤だとか帰省だとか、コッソリ探って、あの時間、誰もいないの、狙って」
「際どかったよね。看護師の彼女、まさかあの時間に夜勤から帰ってくるなんて」
「まあ、おかげで目撃者増えたからよかったじゃない」
「上手くいったね」
「うふふ……」
***
頭が痛い。
あの日、あの夜以来。
目の前で、飛び降り自殺が、あった夜。
体調が悪くて、夜勤なのに早めに帰らせてもらえて、いつもとは違う時間の帰宅だった。
アパートの前のロータリーで、顔を覚えたばかりのアパートの住人と一緒になり、挨拶を交わした直後に、目の前に落ちてきた。
仕事がら、幾らかは、死や血に慣れているとはいえ、やっぱりショックだった。
まだ引っ越したばかりで、顔も覚えてない人だったけど。
あの夜から、体に染み付いた、匂い。
三軒隣のベランダにある、百合の花の匂いかと思ったけど、違う。
ジャスミンみたいな、でももう少し甘ったるい匂い。
決して嫌な匂いじゃないのに、何だかクラクラする。
仕事場では気にならないから、この部屋に問題があるんだろうか。
時々、夢にも現れる。
花のことで、言い争っている人達。
その夢の中で、一際強く匂う、花の香り。
何の花?
……チ……シ……。
誰かの、声がする。
スマホを手にして、画面を開ける。
周囲には内緒で、たまに小説を書いて投稿してる。
思い付くまま、タイトルを入れる。
……チ……シ。
く・ち・な・し。
『<山梔子>
一
蒸し暑い夜。
まだ7月に入ったばかりだというのに、寝苦しい夜だった。
うとうとしていたけれど、不意に眼が醒める。
部屋に充満する、甘い匂いで、頭がクラクラする………………』
山梔子;くちなし
天国に咲く花とされる。
……もはや、言葉を紡げない者が、その甘い香りに、思いを込める……のかもしれない。
そして。
物語は、繰り返される…………。
山梔子 清見こうじ @nikoutako
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