第10話 俺たちの"隊員"、返してくれるか?


「エミーネ……!」


 スレイマンは目の前の美少女にそう叫ぶしか無かった。彼女は隊長の呼びかけに動じることもなく、アンニュイな表情で隊員達に銃口を向けていた。


「俺だ、スレイマンだ! こっちに戻ってこい!」

「……」


 しかし、エミーネは次の瞬間引き金を引いた。弾丸はスレイマンへ真っ直ぐ到達したと思われた。そのままスレイマンはその場に倒れ込む。アリはすぐにその体に駆け寄った。


「隊長……!」

「だ、大丈夫だ……防弾プレートに助けられたな……」


 アリはすぐにスレイマンが死んでいないものの、戦闘に参加はできないことを悟った。

 ファルクは目を細めながら、静かにフェッルフの様子を観察していた。


「……面白い真似をしてくれるじゃないか。お嬢に何しやがった?」

「ふっ、国父様が復活させられるなら、こういうこともできるのだ」

「分かってたが根っこまで腐ってやがるな」

「ふっ、偉大なる儀式の前で仲間想いのお前らが絶望する姿をじっくりと鑑賞させてもらうよ」


 ユルドゥズは首を振って、その言葉に答える。


「気絶すればこの類の魔術は解かれる。何も特別なことをする必要はない」

「かもしれんな、だが儀式の完成までに間に合うかな」

「させるか――」


 ユルドゥズは祭壇を破壊するために走り去ってゆく。残ったのはフェッルフと操られたエミーネと隊員達だけになった。


「……やるか」


 ケマルの囁きに呼応するようにファルクが対物ライフルをフェッルフの頭に向ける。彼にはフェッルフの反応速度が瞬時のエイミングに追いついていないように見えた。

 BOMB! 対物ライフルの冷えた銃声が場を凍らせる。しかし、フェッルフの頭部は破裂しなかった。銃弾はファルクの額に触れた瞬間、そこで静止し、落ちたのだ。予想せぬ事態にファルクは今度こそ戸惑いを顕にしてしまう。


「て、てめえ!! 悪魔シェイターンの加護でも受けてるのか!?」

「私に直接触れることはできないのだよ」

「おうおうおう!! おもしれえじゃねえか!!」


 ファルクの背後からケマルとセリームが飛び出す。組み付こうとしたケマルはあっさりとエミーネに避けられ、セリームの拳も宙を切る。体勢を崩した瞬間、エミーネはケマルに発砲するもその銃弾はケマルの手元にあったフライパンによって弾かれた。


「大きな鍋をひっくり返したつもりだろうが、歴史の鍋はとても重いぞ? 大統領さんよ……!」


 ケマルに銃弾を弾かれたエミーネは彼をしっかりとその視界に捉えていた。その瞬間、エミーネの頭の横で水が弾けた。ケマルはニヤリとその出処に視線を向ける。そこではアリが息を吹き出して、安堵していた。


「はぁ……無茶しないで下さい、ケマルさん……」

「俺は仲間を信じるんだよ」


 そう言いながらケマル達はエミーネの背後に居たフェッルフに近づいてゆく。フェッルフは顔に脂汗を浮かせながら、じりじりと後ろに下がっていた。後ろからこつこつと余裕の足音が聞こえてくる。ユルドゥズが祭壇を破壊したのだろう。


「どうした、反撃はしないのか? お得意の魔術でな」

「くっ……こんなことになるとは」

「まあ、お前のような即物的な人間は魔力鍛錬などやらないだろうからな。魔力を最低限しか持ってなかったんだろう?」

「そんなことは……っ!」

「今更強がっても、もう意味ないぞ」


 フェッルフは近づいてくる狼達に「ひぃ!」と情けない声を上げる。その場に腰を崩して、地べたに倒れ込んだ。

 ユルドゥズはそれを無表情で見下ろしてから、明後日の方向へと歩き出した。


「おい、どこ行くんだ?」

「そいつをどうするかは、まあ任せる」


 問うたケマルにそう答えるとユルドゥズはその場を去ってしまった。


「おいおい……あいつ行っちまいやがった……」

「えっ、マジですか?」


 ケマルは去っていった方向をしばらく見つめてから、フェッルフの前にしゃがみ込む。隊員達もそれに合わせて、フェッルフの周りを囲む。セリームはライフルを、アリは満面の笑みでショットガンをフェッルフに向け、ファルクは煙草を咥えて火を着けた。


「俺たちの“隊員”、返してくれるか?」



* * *


 このクーデターでの死者は数千人を超えた。首謀者であるユルドゥズ大佐は自ら当局に出頭し、裁判を受けた結果、無期懲役の判決を受けた。彼は市民・軍に多大なる死者を出したこのクーデターの首謀者としての責任を全て被ることになった。しかし、それは彼が覚悟してやったことなのだろう。

 ときは別として狼部隊ベーリュの六人は国葬の場に集っていた。似合わないタキシード姿でお互いに顔を合わせていたが、一人だけ遅れている者が居た。


「ねえ、それにしても隊長はどこなの?」


 最初に疑問の声を上げたのはエミーネである。アリの水泡弾は非致死性兵器とはいえ、体に大きな負荷を与えている。任務に戻るまで彼女は有給休暇を消費していたが、国葬の場で仲間たちに顔を合わせていた。


「どうしたのかしらね?」


 答えたのはアリ。女物の喪服を着用していた。


「隊長は遅れるっぽいですね」

「あー……」

「おい、大丈夫か? ファルク」


 ファルクは気が抜けたような顔で空を見つめていた。


「ちょっと、自由を満喫しようかと思ってな。後のことは任せた」


 そう言って、ファルクはパスポートを胸ポケットから出して見せた。そこにはアメリカ行きのボーディングパスが挟まっていた。


「向こうに行ったらな。極悪人どもをやっつけて社会に貢献するんだよ。感動的だろぅ?」

「絶対馴染めないわよ。そもそも英語出来るの?」

「できるさ。そのためにまず、警備会社にでも就職して信用を勝ち取るかな。ははは……」

「いいじゃないですか、がんばって下さいね!」

「まあ、トルコ料理が食いたくなったら電話くれ。真空パックで送りつけてやるさ」

「助かる」

「着払いでな! ガハハハ!」


 明るく送り出そうと務める二人に対比して、エミーネはしゅんと悲しそうな表情を見せていた。


「ファルクが部隊を去るとなると寂しくなるわね」


 そう呟いた瞬間、目の前の壇上に一人の男が昇ってきた。隊員達はそこに目が惹かれる。彼の名前はスレイマン、狼達の隊長であった。


「あら、あそこで話すなんて聞いてなかったのに」

「ありゃ随分良くできた特等席だなァ」


 ケマルは禁煙飴を口の中で転がしながら呟く。壇上に立ったスレイマンは身を正して、話し始めた。


「皆さん、先日兵士たちが祖国のために死にました。しかし、その犠牲は無駄では無かった。その犠牲によってこの国はまた一つ先に前進するのです。そして、その前進のために働いた狼部隊ベーリュの四人があそこに居ます!」


 そう言って、スレイマンはセリーム、ケマル、アリ、ファルク、エミーネを指差した。周りの軍人達は拍手で囃し立て、「ありがとう」と連呼する。誰もが彼らがイスティクラル国際空港を解放したことを知っていた。

 制服組らは5人を見ながら、メガネをくいと上げ、何やら話しているようだった。


「あらあら、制服さんたち、昇給してくれるみたいよ、ファルク。部隊に残らない?」

「俺はな、お嬢。このままじゃいけないんだよ。平和に身を委ねてるとだめになる性分でな」

「ん……複雑な人ね……」

「軍人ならやっぱり世界を救わねえと」


 ファルクはエミーネの寂しそうな顔を見て、人差し指で鼻を優しく叩く。


「酒を正当化できなくなる」


 スレイマンは周りの黄色い声が収まったのを見て、話を続けた。


「それでは、皆さん、我々の英雄を見送りましょう」


 声とともに軍楽隊の演奏が始まる。テュルクの国歌が空高く響く中、狼達は敬礼で殉職者を見送っていた。


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İstiklâl ne? ~テュルク陸軍特殊部隊~ Fafs F. Sashimi @Fafs_falira

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