第9話 再会
隊員達は完全に意気消沈という感じになっていた。ユルドゥズはそんな彼らに憐れみの視線を向けながら、近づく。
「もう少し早ければこんなことにはならなかったはずだ」
「そうかもな、お前がクーデターを起こさなければ犠牲者も少なかったはずだ」
「奴はアナトリア黒魔術教団の力を借りて、国父様を復活させようとしてる。そして、そのカリスマを利用して自分の地位を盤石にするつもりだ。そんなことを言っても誰も聞かないだろう」
「おめェが真実を明らかにすればよかったんだ! そうすれば、エミーネは死ななかった!!」
「末端の連中には俺の悩みどころが分からないようだな」
ケマルとユルドゥズはお互いぶつかりそうな距離まで詰めて睨み合っていた。アリはそんな二人の肩を持って引き離す。
「今は喧嘩してる場合じゃないでしょ?」
「ふん」
遠巻きに様子を伺っていたスレイマンはユルドゥズに視線を向けた。
「それで、フェッルフはこれから何をするつもりだ」
「おそらくクーデターに集まった軍人の血を抜き取って祭壇を作るはずだ。儀式が始まる前に祭壇を破壊する必要がある」
「祭壇の場所は」
「大体見当が付いている」
そういってユルドゥズは管制塔の空港見取り図の一箇所を指し示した。
「祭壇の展開するスペース、邪魔されない環境と空間、すでに決まりきったようなものだ」
セリームはそれを見ながら怪訝そうな顔をする。
「しかし、あんな呪文なんか使われてはいくら特殊部隊とはいえ勝ち目が無いですよ。対戦車ミサイルでも打ち込むんですか」
「空港は基地じゃない。ロッカーから武器は出てこないぞ」
「そう落ち込まなくていい」
ユルドゥズは胸ポケットから何やら木片のようなものを取り出して、テーブルに置く。空港で見たのとは別の種類の奇妙な印が刻印された木片だ。セリームはそれを見て、顎を擦った。
「なんですこれ?」
「突厥文字のルーンだ。精神を鎮め、適切なときに使えば攻撃を跳ね返せる」
「なるほど、感覚的にヤバそうなのは分かった」
「……まあ、お守りのようなものだ。これが最後だ使うときは良く考えて使ってくれ」
ユルドゥズは「ああ、それと」と思い出したように言って、話を続ける。
「武器についてだが、クーデター軍のものを融通できる。ある程度なら言ってくれて構わない。何が欲しい」
「弾と薬、あと酒と金と女をくれ」
「ファルクさん、冗談は……!」
ファルクを諌めようとしたセリームを彼は視線で黙らせる。
「女だけは冗談じゃない。正確にはくれというか、戻ってこいだが」
「ファルクさん……」
「エミーネは俺の趣味じゃない。どうせだったらボン・キュッ・ボンでハーレムが良い。頼めるか、大佐?」
「この戦いが終わるんだったら何だってやるさ」
ユルドゥズはそう言って、自分の拳銃のリロードを済ませた。
「行こう」
日は少し傾き、陽光が空港の地面を輝かせていた。ユルドゥズに導かれて戻った別ターミナルのラウンジには予想通りフェッルフが居た。それも血の祭壇を書いている途中だった。フェッルフは嘲るような表情で隊員達に視線を向ける。
口火を切ったのはケマルだった。
「待たせたな」
「ふっ、無駄なことを」
「“無駄かどうかはやってみないと分からない”、だろ?」
それはフェッルフの最初の選挙ポスターに使われた宣伝文句だった。フェッルフはそれを聞いて口元を緩める。
「ユルドゥズ、お前もクーデターを主導した罪で処刑されるだけだぞ」
「それで良い。元はと言えば、テュルク軍に入った瞬間からこの身は共和国と国民のために捧げたようなものだ。君たちもそうだろう」
ユルドゥズはそう言って、背後の隊員達を見やる。
「そりゃそうですよ、ユルドゥズさん。しかも、病気の老人を無理矢理起こすのは気が向かないですね」
セリームが一歩前へ出る。
「裏切り者めが、神の名に誓って貴様に正義の鉄槌を下してやろう」
ファルクがそれに続く。
「しっかし、他にもお仲間は居ないわけ? 寂しい方だけど、こちらには好都合だわ」
アリはショットガンに弾を詰めてから、それをフェッルフに向ける。
「軍は家族、国民、そして共和国のためのものだ。お前は、お前以外に守りたいモノがあるのか? 軍はそんな奴のためのものじゃない」
ケマルが出てきたところでフェッルフは唾を床に吐いて、「けっ」と呟いた。
「さっきからゴチャゴチャとうるさい奴らだ」
しかし、苦虫を噛み潰したような表情もすぐに先ほどと同じ愉悦な顔に戻ってしまった。
「しかし、まあ良い。お前らが来るのは分かっていたことだからな。出迎え役を用意させてもらったよ」
「出迎え役だと……?」
フェッルフは片手を上げて、合図した。それに答えるように彼の背後から一人の人影が現れる。その正体に隊員達全員は息を呑んだ。黒髪のロングで、美しい黒い瞳を持つ美少女、銃を構えた姿は脳裏に二度と戻ってこないと信じてしまっていた常識を完全に破壊していた。
隊員達の目の前に現れたのはエミーネだった。
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