第8話 反転
「君たちはテュルク軍か? ……いや、訊き方が悪かったな。クーデターのほうじゃないだろう?」
「ええ」
「良かった」
管制官たちは安堵の表情になってお互いを見合わせる。抱き合って安全になったことを喜び合う者も居た。しばらくすると彼らは隊員達を拍手で迎えた。ファルクは慣れていない空気感にやれやれと首を振った。
主任管制官らしき壮年の男が、アリに近づいて頭を下げた。
「あなた方を助けに来ました。もう大丈夫ですわ」
「ありがとう、これで祖国に仇なすようなことをせずに済む。助かったよ」
「いえ、これが仕事ですから」
こんなやりとりをやっている後ろから、こつこつと足音が聞こえてきた。隊員達は管制官たちよりも素早くそれを察知し、銃を出入り口に向ける。その変わりように管制官たちは状況が変わったのだと気づいて、歓喜に騒いでいたのを止めた。
近づいてくる男の身なりは明らかに管制官とは異なっていた。しかし、ラウンジに居たような装備に身を包んだ兵士というわけでもない。簡潔に表すなら警察装備のイケオジという感じだった。
両手を頭の上に挙げながら、近づく男に切り出したのはケマルだった。
「テュルク陸軍だ! 動くな」
「待て、撃つな」
「名前と所属を言えッ!」
「……私は祖国民主評議会議長チェフマック・ユルドゥズ大佐だ。時間が無いんだ」
「ソルマック……?」
「……チェフマックだ」
「で、そのコンタックさんが何のようなの?」
「チ ェ フ マ ッ ク だ」
「アルソック?」
「話を進めさせてくれないか……」
ユルドゥズと名乗った男が頭痛に頭を押さえると、隊員達は黙って続きを促した。
「ありがとう、君たちはフェッルフの目的を知っているのか?」
「大統領の目的? どういうことだ」
「国の軍隊を利用して、あいつは自分の政治的地位を盤石にする計画を立てている」
「話が見えてこないわね」
「奴の目的は――」
ユルドゥズがそこまで言ったところで、そのまた背後から新たにもう一人の男が現れた。恰幅の良い、成金じみた容姿はテュルク人であれば誰もが見覚えがあるものだ。
「やあ、
「だ、大統領……?」
「君たちのおかげで国際空港は解放された。本当に助かったよ」
「大統領、何故あなたがここに……!」
その声を聞いた大統領――フェッルフはニヤリと悪役じみた笑みを漏らす。
その瞬間、隊員達は悟った。自分たちが騙されていたことを。
「これで計画が完遂できる。君たちには、新帝国の礎として……死んでもらう」
「なんだと……」
「ははっ、本当に私が無実だと思っていたのか? 特殊部隊を爆撃したのはユルドゥズ、そこに居るカンのいい野郎じゃない、私だよ」
「っ――てめェ、人命を何だと思ってやがる!!」
「ハッハッハッ!! 祖国のために犠牲が必要なのだッ!!」
そう言ったフェッルフは両手を広げて狂ったように大きな笑い声を上げる。
「――私がこの国を正しく導く“スルタン”に即位するためになァ!!」
「クッ、この俗物のためにエミーネは死んだってのか……!」
「ですが、大統領」
アリはケマルを静止しながら、前に出る。ソードオフ水平二連散弾銃にバックショットを装填し、その銃口をフェッルフに向ける。
「私たちは特殊部隊、あなたのような訓練を受けていないような賊に殺されるほどヤワじゃないのよ」
アリの剣幕をフェッルフは鼻で笑う。背後には二機の輸送機が着陸していた。
「簡単なことだ」
フェッルフはなにやら呪文のようなものを唱え始める。その瞬間、着陸した輸送機は爆発し、大炎上する。爆破を見ている暇も無く、呪文は同時に隊員達の耳にも届いていた。隊員達はその場に体が釘付けになってしまっていた。
「なっ……!」
「動けない……だと!」
ファルクとアリが驚いている横でケマルとセリームは叫び声を上げて、その場に倒れ込んだ。筋肉が締め付けられるような異常な痛みが彼らを襲っていた。
「うぐぁぁーッ!!」
「くっ、遅かったか……」
フェッルフは高笑いしながら管制塔を去ってゆく。ゆったりと、こちらを敵と見做していないかのように。ファルクは倒れ込んだ二人を庇うように動こうとする。しかし、全く動かない足では一歩も前に出ることが出来なかった。
「騙していたのか、酷いじゃないか……大統領」
「騙される方、弱者こそ悪なんだよ。ファルク・パラミール、戦場に居たのにそれも分からなかったのか?」
「……」
「大人しく私の計画の糧となるのだ、そして国家のために、死ぬがいい‼」
地面に倒れたまま、動けなくなっているケマルは息を荒げながら、フェッルフを見上げようとする。反骨精神が数ミリだけ体を動かし、視線に彼の仇敵を捉えさせた。
「ゼェ……ゼェ……妙ちくりんな技使いやがってェ……」
「はっ、さすがは
「クズ野郎ォ……お前だけは絶対にスルタンにさせねェ……!!」
「ほざけ雑魚が、フッハッハッハッハ!!」
隊員達の体はいつの間にか動けるようになっていた。しかしその頃には全員がフェッルフを逃したことを確信していた。
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