第7話 奇妙な印と管制塔


 ファルクは増援が来ないか、周りを見渡していた。ケマルが「小隊長」の前に立ち、尋問を始めていた。


「お前達、賊軍がここを占拠するのはそう簡単じゃないはずだ。どこの差し金だ?」

「国際空港は警備ががら空きだったんだ。普通なら、衛兵が立っているはずが、それらも居なかった」

「それは妙だな」

「訳が分からん。クーデターの予兆くらい察知できないテュルクの情報部じゃないだろ? 警備を強めそうなものが逆に手薄になってるなんて」

「普段見ないような奴がいたとか、そういうのはないのか?」

「我々以外、空港には職員と旅行客しか居なかった」

「で、皆殺しか?」

「我々の目的は空港の確保だけだ。民間人は多少手荒であれ、空港から無傷で追い出しただけだ」

「ふむ……」


 ケマルは怪訝そうな表情を浮かべながら、唸る。そんな彼のもとに周囲を探索していたスレイマンが歩み寄った。


「こいつから有用な情報は出そうか?」

「なんか、パッとしねェんだよな」

「第三勢力でもいるんですかね」

「えぇ、しかも警備がたやすくなっているということはどうぞ占領してくださいと言っているようなものですわ」


 ファルクと同じく警戒中のセリームとアリが振り返って、言う。ケマルとスレイマンはお互いを見合わせた。


「俺たちはCISじゃない。とりあえず、作戦を続行しよう」

「こいつ、どうするよ。隊長」

「縛ってカウンターの裏にでもぶん投げとけ」

「……始末しないのか」


 ファルクの問いにスレイマンは首を振る。


「俺たちが抹殺すべきは上の命令に真摯に従う兵士じゃない。これを始めた首謀者のクズだ。こいつも生きてりゃ反省するだろ。そもそも後始末は俺達の仕事じゃない。祖国に任せろ」

「ああ……たしかにそうだな」


 ファルクは目を瞑って答える。脳裏にはこれまでの過酷な戦場が映っていた。今回はそれほどでもない。しかし、仲間の死に報いるという大義の元、手は抜けない。

 ファルクがそんな風にしみじみと感じていた一方、アリは「小隊長」を縛っていた。満面の笑みで、ゆっくりと、きつく。


「亀甲縛りにしときますわねぇ~えへ、えへへへへぇ」

「なんで人を縛りながら、そんなに笑ってるんだ……気持ち悪いぞ……」

「こわ……ま、まあ新人ですし」

「新人って万事に対する免罪符じゃねえからな?」

「はい……」


 アリは自分について話されているのだと気づいて、彼らの方へと振り返る。亀甲縛りを続けながら。


「先輩方ぁん、亀甲縛りはなかなか刺激的ですよぉ」

「は、ははっ、漁網みたいだなっ……」

「大航海時代なら大歓迎だ」

「混乱して意味の分からないことを言い始めたな……」


 スレイマンはそんな二人を見て、呆れ顔で首を振った。



 少し離れたところから、隊員達は管制塔を見上げていた。


「滑走路を解放するには占領された管制塔を解放する必要がある」

「中にいる奴を全員ぶっ殺せば良いんだろ。簡単だぜ」


 ケマルの脳筋的な発言にスレイマンは「いや」と前置きして、後を続ける。


「航空管制には専門知識が必要だ。どうやら戦闘機を飛ばしているところを見ると、管制官は殺してないんだろう。となると、おそらく管制塔内の管制官はクーデター軍の指示に従ってるだけだ」

「管制官って軍の人間じゃないのか?」

「軍が運営する空港ならな。ここは民間空港だからUAB運輸及びインフラ省の管轄だ」

「面倒なことに巻き込まれたもんだな」


 ファルクは肩をすくめる。軍事クーデターに巻き込まれた管制官の気持ちは如何なるものだろうかと思うと、彼はすぐに突入したくてたまらなくなった。


「よし、いくか」

「管制塔内は狭い。範囲攻撃は管制官を傷つけるから避けろ」

「了解」


 空港の裏口から隊員達は管制塔へと潜入していく。スレイマンを先頭に進んでゆくと、塔の内部に三人の哨戒兵士を確認した。瞬間、反射的にアリのツインバレルショットガンの銃口が彼らのうち一人を睨めつけた。

 BANG! 銃声と共に哨戒兵士の一人が吹き飛ばされる。その脇に居た二人も異常事態だと気づき、彼の方へと振り向く。


「あっ、やっちゃった」

「馬鹿野郎!」


 敵の射線上に居たアリをファルクが物陰へと引っ張る。セリームとスレイマンは牽制に銃弾の雨を浴びせたが、相手に当たっている様子はなかった。


「おい、指示なしで撃っていいなんて誰が言った?」

「いやん、えっとぉ、熊撃ちの感覚で撃っちゃったっ、てへっ★」

「てへっ、じゃねえ!」


 制圧射撃の中を勇敢に前進したのはケマルであった。彼はその勢いのまま哨戒兵士の一人を殴って、銃弾をお見舞いする。


そなたのオルドゥラルン軍隊は幾度となくペックチョク ザマン世界にそのヴェルミシュティレル名を轟かせたデュニヤヤ シャン……」


 吐き捨てたように言ったジェッディン・デデンの歌詞を受け取るかのように、スレイマンは突入するもあと一人の兵士を目視するタイミングが悪く管制官を一人掴んで管制台の下に隠れるのが精一杯だった。


「すまん! ファルク!」

「はいよ」


 気だるそうな声が部屋に入ってきた。彼は全く警戒もせずに突っ立ったまま、兵士にライフルを向けると躊躇せず射殺した。対物ライフルで。粉々に。


「すぅ……やれやれ」


 管制塔は静寂に包まれ、安全になったと感じた管制官たちが物陰から顔を出し始めた。

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