【5】残酷な計算
人間の一生は長いようで短い。八十年なんてあっという間である。だからといって、ここではあなたの残された時間を計算するような無粋な真似はしない。あくまで科学とは、人類の明るい進歩のためにあるべき、というのが我々のスタンスである。しかしながら、これから行うのは一部の方々にとっては残酷な計算である。その点を含み置き、ご一読願いたい。
1、時間とは
時間は、物理学における最大のテーマの一つである。現代物理学においても、時間について未だ確実な定義は存在しない。今日では様々な研究の結果、『時間は存在しない』とも言われている。あるのはエントロピーの増大と、それを観測する我々の視点だけだと。つまり、端的に言えば物が変化する過程を見ている私達が、時間が存在すると錯覚しているだけに過ぎないのだという。
しかし、本稿においてはその全てを一旦度外視して、時間が存在すると仮定して話を進める事にする。そうした方がわかりやすいし都合が良いからだ。
2、様々な時間
我々の生活は、実に様々な時間に細かく分類されている。睡眠時間、起床時間、お風呂の時間、食事の時間、勤務時間、大人の時間など、多種多様であるが、超飛躍的科学で取り扱うのはこれらのメジャーな時間ではない。そんなものは一流()大学にでもやらせておけばよいからである。
我々は国家、組織、法律、しがらみ、その全てからスタンドアロンであり、科学のオーソドックスな因果律からも解放されし存在であるからして、人々に見過ごされがちな時間――ロスタイムとでも称しておこうか――にフォーカスを当てて考えるべきなのだ。
よって、下記の時間について考察していく。
3、生活の中のロスタイム
①揚麺湯戻待時間
我々の主食と称しても過言ではないインスタントラーメンは、1963年に日本で誕生した。お湯を入れて3分待てば、美味しいラーメンが出来上がるまるで魔法のような商品だ。しかしながら、この3分という待ち時間。一日の中では大したことがないように思えるが、人生という長期スパンで考えてみるとどうなるだろうか。以下の通り計算を試みた。
日本におけるインスタントラーメンの消費量は、一人当たり年間約45食という統計が出ている。つまり、我々は一年で45食×3分=135分、インスタントラーメンの出来上がりを待ち続けている事になる。人生が80年(乳児期を除く)であるとすれば、実に1万800分(180時間)もの間、お湯を入れたインスタントラーメンを眺めている事になるのだ。
・人生における揚麺湯戻待時間=180時間
②冷蔵庫開結局何無閉時間
お腹がすいて冷蔵庫まで行き、扉を開けたけど結局食べたいものが何も無くて閉める。これも、我々の生活においては日常的光景である。冷蔵庫まで行く時間、扉を開けて中を漁り締めるまでの時間、そして元居た場所まで戻る時間を仮に1分と仮定して考える。一日に一回はそういう事があるだろうから、単純に365日と人生80年を乗じて計算する。
1分×365日×80年=2万9200分(約486時間)
・人生における冷蔵庫開結局何無閉時間=約486時間
③服袖之釦留時間
シャツのカフスボタンを留めるのに苦労する。これは誰にとっても日常の出来事である。私が10回の試行を行った結果、平均で80秒を要した。流石に子供はお母さんがささっと留めてくれるであろうから、ここでは70年と仮定して計算する。
80秒×365日×70年=204万4000秒(約567時間)
・人生における服袖之釦留時間=約567時間
④枝毛捜索時間
枝毛は女子にとって悩みの種の一つ。暇さえあれば枝毛を捜索してしまう。なんてことはおしゃれ女子にとっては日常と言ってもいい。定点カメラにて女子が枝毛を捜索する時間を観測した結果、一回当たり約5分、一日に平均して15分、枝毛を捜索している事が判明した。枝毛捜索は思春期以降、かつ、50代以上は白髪の方を捜索し始める事を考慮し、15歳~50歳、つまり35年間は枝毛を捜索していると仮定して計算する。
15分×365日×35年=19万1625分(約3193時間)
・人生における枝毛捜索時間=約3193時間
⑤電車内睡眠偽装狸寝入時間
電車で通勤する時、スマホをいじっていると盗撮していると勘違いされるかもしれない。そのため、鞄を胸に抱えて寝たふりをする人は多いのではなかろうか。そういった真面目で慎重なサラリーマン達が、電車内で睡眠を偽装、つまり狸寝入りしている時間について考えてみた。
ここでは、電車通勤時間を仮に1時間、年間出勤日数を280日、リーマン生活を40年と仮定して計算する。
1時間×280日×40年=1万1200時間
・人生における電車内睡眠偽装狸寝入時間=1万1200時間
⑥中々風呂不入待機時間
お風呂が沸いたわよ。さっさと入ってきなさい。と言われてから、入るまでの時間である。その時間帯は大概、何か趣味に没頭している場合が多い。というか、毎回そのタイミングである。あと5分待って。と言いつつ、10分経ち、20分経ち……。その光景は最早日常であろう。
全てが平均的な一家の私生活を一カ月間観測した結果、息子の待機時間が一番長かった。一日平均して30分である。
30分×365日×80年=87万6000分(1万4600時間)
・人生における中々風呂不入待機時間=1万4600時間
⑦賢者時間
記事がカクヨムから弾かれそうなので、内容については察して頂きたい。
3時間×365日×80年=8万7600時間
・人生における賢者時間=8万7600時間
4、まとめ
いかがだっただろうか。我々の人生にどれだけのロスタイムが存在するか、その一端を垣間見ることが出来たのではないだろうか。
我々は、カップ麺を一週間と半日眺めながら、約二十日間冷蔵庫を無駄に開閉し、約23日と14時間カフスボタンと格闘し、約4カ月と13日間枝毛を探し彷徨い、約1年と3カ月と11日間狸寝入りして、約1年と8カ月間風呂に入るのをためらう、10年間の賢者であることがおわかりいただけただろうか。
これらを合計すると、人生のロスタイムは少なくとも13.5年にも及ぶ。
従って、カップ麺は待たずにお湯を入れて即食べる、冷蔵庫を開けたら何かしらを必ず食べる、カフスボタンを今すぐ全てのシャツからもぎ取る、毛先を気にしなくていいように坊主にする、狸寝入りの代わりに書籍などを読む、風呂にはすぐ入るかいっそのこと入るのをやめる、煩悩を捨て悟りを開く、などの対策が必要と思われる。
そして今一度、考えて頂きたい。
これらの時間と比較して、あなたが空を見上げている時間はどれくらいだろうか。最後に空を見上げたのはいつだっただろうか。木々の青さに、木漏れ日の輝きに、透明な空に、心を奪われたあの懐かしき日々の思い出。
そんな時間が、いつの間にか失われているのではないだろうか。
忙しさに追われ、大切な物を見失ってはいないだろうか。
是非一度、超飛躍科学的に考察して頂きたいと思う。
【2021年3月7日 著者:N岡(財団法人 超飛躍的科学研究所)】
吾輩は【九割】猫である。 N岡 @N-oka
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