第6話

 1941年初春――


「では、満州国はこのままユダヤ人新国家として新興することでよろしいか?」

「問題ありません」


 日本帝国軍近衛内閣杉岡外務大臣と中華民国外務大臣周恩来の間で満州国についての扱いについて話し合いがなされた。

 周恩来は、元々革命軍に参加していたが重慶で国民軍との調整にあたっていた。しかし半年前の延安奇襲作戦後、蒋介石と汪兆銘の説得によりそのまま国民党に合流し外務大臣として辣腕を振るう事になった。

 

「また、ウイグル自治区もそのまま独立させます。これでモンゴルを含めて北からの脅威に備えます」


 スターリンとその首脳部が居なくなったとはいえ、ソ連は十分に脅威である。ソ連と国境を接するよりは恩を売り、壁になってもらうのが一番であるとの考えであった。

 最も東端で朝鮮半島とも国境を接する部分も問題であり、国土を削られるとはいえ、渡りに船であったのだ。


「貴国が撤退した後、かの国がどの様な行動をとるかは手に取るように判ります。国境を接しないのは願ったり叶ったりですな」


 周恩来の言葉に杉岡が顎を引く。


「ユダヤの人々に安息の地を提供し、その莫大な資金を満州に注ぎ込んでもらう事で経済の活性化を促す。そして米国に対する牽制としてユダヤロビーとも繋がる事が出来る。一石二鳥、いや、一石三鳥ですかな」


 その台詞に周恩来は口の端を少し上げた。


「わが帝国も国連に承認され次第順次兵を引き揚げます。また同時に半島からも撤退をします。半島も同時期に独立承認が降りるでしょう」

「恒久平和とはならないでしょうが……」

「はい、ですが先ずは目の前の脅威を取り除くのが先決です」


 『バベル』はこの一年で十数個が新たに発見、または出現した。不思議なことに最初期に出現した『バベル』以降、怪物が溢れ出す事は無く、同時に内部には謎しかなかった。


「『バベル』出現より既に一年が経過しようとしています。猶予は『神々の福音』が正しければあと九十九年」


 『神々の福音』とは1940年の出来事である。全世界の人々が聴いた謳うように鳴り響いた声の事である。パンドラの箱の如くあらゆる災厄が飛び出したが、塔を攻略すれば人類は生き残れる――希望が告げられた事により、何時しか福音と呼ばれる事になった。


 両者とも『神々の福音』に思うところがあるのだろう。暫し口を開く事無く、瞑目する。


「ともあれ、数十年後の子供達に少しでもやりやすくする様に下地と環境を整えるのが我等の仕事でしょうな」

「そうですな、その為には多少の不利益も呑まねばなりますまい」

「では、この形で両国共同で国連に発議するという事でよろしくお願いします」


 杉岡の言葉に周恩来は頷くと両者はがっちりと握手をする。


 1942年秋――


 1941年夏に中国・日本国両国が共同で発議し、賛成多数で可決された満州国のあった地へのエルサレム共和国建国。

 これにより、世界各地に散在していたユダヤの人々は次々とエルサレム共和国へと移住してきた。そして、自らの定住の地をよりよくしようと世界中のユダヤの富が止め処なく流れてくる事により未曾有の活況を呈することになった。そしてアメリカでは日中の予想通りユダヤロビーがルーズベルト内閣に牽制を入れていた。


「おのれ、日中共め!」

 

 ルーズベルトの怒声は毎日ホワイトハウスの執務室で鳴り響いていた。彼は特に日本に悪感情を抱いていた。


「我々白人種よりも二千年も進化が遅れている日本の猿共が、我等同じ立場に居るなど虫唾が走る!」


 幾度と無く執務机を叩きながら喚いていた。


「はあ……、はあ……、まあいい。スティムソン、例の計画はどうかね」


 問いかけられたのは陸軍長官であるヘンリー・スティムソンである。


「グローヴズからは今の所問題と報告が来ております。しかし、英国とユダヤ系の科学者が計画から脱退しため今後問題が出る可能性もあるかと」

「クッ! これも日本の所為だ! ソ連やドイツにいる科学者にも声を掛けろ! 金には糸目をつけるな! なんとしてもマンハッタン計画を成功させ世界の覇権を握るための兵器を完成させるんだ!」


1945年初頭――


「大統領、後はトリニティ実験を行うのみです」

「フフフフ、漸くだ。漸くここまで来た」

「ハッ! 数時間後にはアラモゴード砂漠の実験場より報告が来るでしょう」

「うむ、それまで私は暫く休む。時間がくれば起こしてくれ給え」


 漸くだ、これで我が米国が世界の覇権を握りアジア市場を全て我が国のものになるのだ――

 それを思うと愉快だ、と一人悦に入り仮眠を取る。


「大統領! 大統領! 失礼します」


 数時間後スティムソンが報告をもって駆け込んできた。


「大統領!?」


 しかしそこで彼が見たのは、凄まじいまでの恐怖に固まった形相で死んでいたルーズベルトであった。


「大統領! 大丈夫ですか? 誰か! 誰か! 医師を呼んでくれ! 大至急だ!」


 スティムソンが落とした報告書には一言書かれているだけだった。


『実験は失敗――実験場及び核兵器関連施設及び書類が全て破壊される、原因は不明』


 この後、暫く核・原子力に関する兵器研究は米国を含め世界中で行われず、平和利用に関しても世界各国が米国の二の舞にならぬよう慎重に行われるようになったのである。


 

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現代ダンジョン物語 宮城谷 英治 @crosis

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