第4話

 荘厳、壮麗、壮大、崇高――

 その厳粛さに一堂は動けない。静かだが、抗う事の出来ない口調と声が響く。


『告げる、我等は汝等に血と氷と炎を降り注ぐモノなり』

『告げる、我等は汝等に火を噴きし山を起こせるモノなり』

『告げる、我等は汝等に星を落とせしモノなり』

『告げる、我等は汝等の陽と月と星を奪いしモノなり』

『告げる、我等は汝等に飢餓と苦しみを与えしモノなり』

『告げる、我等は汝等に新たなる子供達と闘わせるモノなり』

『告げる、我等は汝等に終末を与え終わらせるモノなり』


 その声は男性であり女性であり、老人であり青年であり、中年であり子供あった。高く低く、厳かに、謡うように、その場に響く。


『我等は、最愛なる父と母のことのはを運んできたモノなり』

『我等を遣わせし、最愛なる父と母は我が子らに悲哀を懐抱する』

『最愛なる父と母は、その行いの悲哀故に我が子らに審判を下す』

『最愛なる父と母は、我が子らの不義、不行跡、悪徳、罪咎に審判を下す』

『最愛なる父と母は、我が子らが強欲色欲怠惰傲慢憤怒暴食嫉妬へ逸脱するが故に』

『逸脱するが故に、全ての生命を浄化をする』

『全てを、最愛なる父と母の御許に』


 この声は、ここにいる者だけではなく全世界が聴いた。理屈ではなく皆がそれに気がついた。人間の根源に深く深く襞に染み付き刻まれていく。そして悟る。


 死――


 圧倒的な死が人間全てに突きつけられた。そして、それには抗うことが出来ないという事も。


『最愛なる父と母は、しかし汝等に最期の試練をお与えになる事を決めた』

『最愛なる父と母は、汝等に最後の試練を受けることをお許しになれた』

『見事最後の試練に打ち克てし時は更なる愛にて我が子らを懐抱するであろう』

『今より我が子らに百年を与えよう』

『今より我が子らに新たな希望を与えよう』

『今この時より我が子らよ、はじめよう』

『我が子らよ、最後の試練は目の前にある。勤勉に謙虚に寛容に節制に純粋に忍耐し感謝せよ』


『『『『『『『塔へ』』』』』』』


 それと同時に、厳粛さは消え失せた。全ての声が消失した。しかし全ての人間に焼きついた。


 現在の状況、やるべきこと、その可能性、そして試練を乗り越えられなかった時にはどうなるのか。


 どれ程の時間動けなかったのか、会議室に居た首脳達は彫刻かと思われるほど長い時間身動ぎ一つしなかった、出来なかった。


「ふぅ」


 最初に大息を吐き出し動き出したのは、閑院宮載仁親王かんいんのみや ことひとしんのうであった。


「いや、長生きはするものですな。この様な稀有な体験をこの歳になって味わう事になろうとは」


 額に浮いた汗を取り出したハンカチで拭いつつもう一度嘆息する。


「バベルを攻略し、クエストを解き真なるバベルを見つけ出し……」

「その真なるバベルを踏破せよ、か」


 刻み込まれた試練の内容を諳んじるチェンバレンとトロツキー。


「ヒトラーとスターリンは……」

「うむ、その様だな」


 ここには居ない大国の指導者達の末路も刻まれている。しかし、これはこの場にいる首脳達にだけ知らされた事実。


「まだ何人か同じ様な路を歩むのが居るようだな」

「それは、我等も気をつけねば同じ末路になるぞという警告、ですな」


 マンネルヘルムとハンソンは首を振りわが身を正そうと思考する。


「どちらにしろ、このまま戦争を行うことも出来ん。新たなガイドラインの作成が最優先だな」

「口惜しいが、植民地も全て手放すしかない、か」

「馬鹿な! 既得権益を手放すというのか! 我等白人が有色人種に自由を与えろと!?」


 チェンバレンとルブランの応酬にルーズベルトは思わずと叫んでしまう。


「ルーズベルト、君は先の出来事が白昼夢か何かだとでも思っているのか?」

「しかし、いきなり言われてはい、そうですかと簡単に割り切れるものか!」

 

 チェンバレンに言われ顔を歪めつつルーズベルトは反論しようとする。


「いいかね、ルーズベルト。君が先の出来事をどの様に捉えようとそれは君の自由だ。だがいいかね。それを人に強要し、巻き込もうとしないでくれ給え」

「更に言えばこの場には、君が差別した閑院宮載仁親王と蒋介石殿が居る事を忘れんことだ」


 ルブランやメンジースにそう言われ、周りを見渡すと彼以外全ての人物から白眼視を受けている事に漸く気付く。


「諸君、時間は有限だ。まず間違いがないだろうが残された時間は百年しかない。我々の代で解決出来ればいいがまず不可能だろう。神の試練、神なのかな? まあいいだろう、試練はそう簡単には解決できん。後世の子孫に重荷を残さねばならんのだ。その重荷を少しでも軽くする為にも、決めておくべきこと、検証するべきこと等数多くある」


 ここで言葉を切り、ぐるりと見渡す。

 誰も何も言わない。だが口許、目許をみれば強い意志が見受けられるものが殆どだ。


「その為の組織作りとガイドラインの作成、各国間の情報共有、どの国にも掣肘されない超法規的組織の設立」

「我が日本帝国は全面的に協力をしよう」

「我がスウェーデンもだ」

「同じくフィンランドも」

「中華民国も協力は惜しまない」

「ふん、イタリアも協力せねばならんか」

「スペインも協力する」

「オーストラリアも女王と世界のために」


 各国が次々と賛同を現す。


「我がソ連も協力する、しかし国内のゴタゴタを抑えてからになるがよろしいか?」

「勿論だ、よろしく頼む」


 そしてただ一国、何も答えぬ人物が居る。全ての人物から視線を注がれ、渋々といった感じで頷く。


「当然こうなれば我が合衆国も歩調を合わせようではないか」


 ここに、新たな一歩が刻まれる。

 残された時間は百年――


 大きな波乱を含みつつ事は進み始めた。













「く、今に見ておれ! 世界はアメリカが保安官シェリフであり中心で無ければならんのだ」


 暗い目のルーズベルトは他の大国の首脳達を睨み続けるのだった――

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