第5話
1940年初夏――
中国重慶にて、蒋介石と汪兆銘、そして日本帝国支那派遣軍総参謀長高垣征四郎の三者が会談を行った。
「我が日本帝国軍は先の会合に則って中国本土より撤退を開始します。その代わり……」
「判っております、満州国の取り扱いは万事決定したとおりに」
汪兆銘は高垣の言葉に頷き返事をする。
「蒋総統、我が帝国と手を結ぶのは業腹であると思いますがどうかよろしくお願いします」
「……、現在我等を取り巻く状況は良くありません。言いたいこと思うことはります。が、それは貴国も同じでしょう。こちらこそよろしくお願いします」
蒋介石は何かを大きく飲み込んでから高垣に頷く。
「それと、革命軍ですが……」
「はい、必ず我等が撤退を開始すると後方より攻撃をしてくるでしょう。そして撤退が完了した後はその牙を中華民国に剥くでしょう」
高垣の言葉に蒋介石と汪兆銘は頷く。
「我が軍は南寧から海南島、そして本国へと帰還します。また同時に上海、南京からも本土へと引き上げます。そして満州以外には日本帝国軍は居なくなる」
そう言うと二人を見る。
「ところで、お二人方には既にご存知かもしれないが、一つ報告しなければならない事があります」
高垣の言に二人はお互いを見る。そして再度高垣を見る。
「実は我が軍は、裏で毛沢東と革命軍とも繋がっております」
「なんと……」
「本当ですか!?」
「はい、我が軍としても国民軍と革命軍がこのまま共闘をされると困ります。まあ、ですので色々と工作をしておりました」
言いにくそうにしかし、堂々と高垣が話す。
「そこで、です。華北地方にて欺瞞工作をしたいと思っております」
「華北、ですか?」
「そうです、山西省陽曲に軍需物資の補給基地を秘密裏に作っております。その情報を我が軍が撤退と同時に意図的に流しましょう」
「成程、そうなると八路軍が動きますな」
蒋介石の言葉に目で頷く高垣。
「共同軍を謳っているが奴等は間違いなく独占をしようとするだろう」
「私もそう思います、そこで……」
元々それほど大きくない声で語っていた三人であるが、この後、更に小声で作戦を密に練り上げていく。
1940年晩夏――
「閣下、総員配置につきました」
「国民軍は?」
「手筈通りに」
「革命軍は?」
「予想以上です」
短く答弁を繰り返す二人。
「ならば、あとは予定通りだな」
「はい」
「一年前のアレを経験すれば、今回は屁みたいなものだな」
井伊田の言葉に苦笑をもらす東大條。
「今回の敵には銃弾も大砲も効きますからな」
「ああ、問題は巧く噛み合うか、だが」
「それは問題ありません、部下達を信じてください」
参謀長の返事に井伊田は大きく頷く。
「我が軍は心配しておらん。国民軍だよ」
「それも問題ありません、少々、いえそれなりに問題が発生しても巧く合わせられる様に調練してあります」
参謀長の明快な言葉に井伊田が大笑する。
そして、左腕に嵌めた時計を見る。もう少しすれば作戦が始まる。
「さて、我々ら巧く戦史にその名を刻めるかな?」
「さあ、それこそ神仏にしか分からんでしょう」
「ふふふ、まあやれることは全てやった。準備もした。あとは各員の奮闘に期待するのみだな」
それを最後に司令部は暫し静寂に包まれる。
動きがあったのはそれから三十分後であった。
「報告、西部地域より進軍するものあり。距離約十キロ、数凡そ五十万」
「どう思う? 参謀長」
「そうですな、訓練もされていない兵に膨大な数。一時間に一キロ進めば良い方かと」
「ならば陽曲には少なくとも一時間半は掛かる計算だな」
井伊田の計算に頷く東大條。
「鈍重なこと亀の如し、だな。竜宮城に着く頃には宴会が終わるのではないか?」
井伊田の諧謔に司令部に笑いが響く。
「宴会の準備は念入りに出来そうですな」
「ああ、精一杯もてなしてやろうではないか、もう一組のお客様と共にな!」
「総員、再度装備の点検その後配置にて何時でも動けるように準備をしておけ!」
参謀長の命令に伝令が奔る。
「それで閣下、亀の首へは?」
「うむ、彼等が特殊部隊を動かすようだ。それと同時に空爆の依頼も来ており既に準備万端。もう出撃しているだろう」
「なるほど」
「万が一取り逃がせば大変な事になるが、まあそこは彼等にまかせるしかあるまい」
「そうですな、彼等が自らその任を請け負うと言ったのです。有限実行していただきましょう」
そうだな、と頷く井伊田。
この三日後、陽曲の三分の二が廃墟と化すがカンナエの包囲殲滅戦を髣髴とさせる戦いが終わる。
戦闘に参加した日本帝国軍は凡そ二十万、革命軍はニ十万以上の死傷者を出し捕虜となったのは約十万であった。そして時を同じくして陝西省延安に国民軍の特殊部隊が突入、それと同時に空爆が敢行され革命軍主導部は壊滅した。
この後、満州国以外の全中華より日本軍は撤退。国民軍は革命軍を駆逐しつつ北伐を行い全土を統一したのである。
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