06. ジョージSOS!

 スケルトン一家の算段では、アバレ太郎が、アンジェリーナちゃんを食い止める部隊(一騎討ち)で、その間に、選抜スケルトンが、グランパを掘り起こして奪還するというものだ。

 掘り起こし部隊には、身軽なピーターとジャックが選抜され、スージーは見張り役となった。他のスケルトンたちは、万が一に備えて、木の枝やら石ころやらで武装し、奪還作戦の後方支援をするという。


 本当に、それでいいの? 大丈夫なの?


 ヒーローは口に出すべきか否か逡巡したが、スケルトンたちの期待に満ちた眼窩が集中するさまに、そっと言葉を心の内にしまった。この世界に散らばる全ての希望が、ヒーローの力の源なのだ——万国共通そういうものだ。


「——分かりました。では、アンジェリーナちゃんは、ぼくにお任せください!」

 きらーんっ。


 ——とは、言ったものの、である。

 何せ相手は犬である。ただの、ラブラドールレトリバーの雌である。間違っても、殴ったり、蹴ったり、できるはずもなく加えて相手は迷子犬である。無事に、飼い主の元に戻してなのである。

 ヒーローは考えた。

 手元のチラシを見ながら、何か良い手段はないかと考え抜き、そして、とある文言が目に飛び込んできた。

(これだ——っ!)


「よ、よし! アンジェリーナちゃん、ほら! フリスビーだよ。取っておいで——!」


 チラシによれば、アンジェリーナちゃんは、アクタースーツのイケメンと、フリスビーが大好きだ。

 アバレ太郎は、ヒーローだけに許された『例え覆面でも伝わる爽やかな笑顔』と、良い子のみんなを魅了する『格好良い決めポーズ』で、ヒーロー印のフリスビーを投げた。

 はち切れんばかりに尻尾を振って、元気に、わんわんと鳴きながら走るアンジェリーナちゃんは、とても嬉しそうだ。——そう。ヒーローは何をやらせても、笑顔で様になるように出来ている。


「か、かっこいい……っ!」

 そして、ここにも、ヒーローに憧れる良い子がいた。


「お前は、見とれてる場合か!」

 ピーターに、ポコリーンっと頭蓋骨を叩かれて、ジャックは頭をさすりながら、兄に続いてアンジェリーナちゃんの寝床を目指す。地面から聞こえるグランパの声を頼りに、二人は廃屋の裏に、ひっそりと打ち捨てられた大型ガレージへと潜入する。

「ちっ。すげえ荒れ具合だな」

「暗いし、臭いし、ぼく怖いよ……」


「しっかりしろ、ジャック! そんなんじゃ、ヒーローに笑われるぞ!」


 弟の扱い方を心得ているピーターに鼓舞されて、ジャックはハッとする。そして、キュッと上下の顎を噛み合わせると、頑張ってピーターの後ろに続いたのだった。


「ここか……」

 地面から聞こえてくるグランパの声が大きくなる。錆びついたドラム缶の陰に隠れた一角には、犬の毛が散乱しており、周囲には不穏な千切れはしが散らばっている。

「やるぞ、ジャック!」

「うん!」

 二人は、比較的柔らかくなっている地面の一部を掘り始める。アンジェリーナちゃんは、何度もここを掘り返しているのだろう、程なく、いろんな破片が出土した。しかし、二十センチ程掘り進めても、グランパの頭は一向に出てこない。


 一体、アンジェリーナちゃんは、どれだけ地中深くにグランパを埋め込んでしまったのだろう。ガレージの外から聞こえてくる元気な鳴き声が、二人には恐怖の雄叫びに聞こえる。


「さあ、アンジー! もう一度——!」

 わんわんわ——ん


 命賭けで地面を掘り起こしている孫たちを隔てる、穴だらけのガレージドアの向こうからは、アンジェリーナちゃんとアバレ太郎の、微笑ましく戯れる様子が聞こえてくる。


「あ! 何か当たった!」

「よし! いいぞ、ジャック。丁寧に土を除けるぞ!」

 小さな指骨の先に、こつりと少し感触の異なるものが当たる。気を付けながら周囲の土を掘り分けていくと、埋もれている白いものが、カタカタと鳴り出した。

「ぶはぁ——っ。苦しかったあ——!」


「グランパ・ジョージ!」


 無事に掘り出したグランパの頭は、スーハー新鮮な空気を吸うたびに、カタカタと軽快な音を立てる。その様に、孫たちは嬉々として歓声をあげた。


 それがいけなかった。


 アンジェリーナちゃんは、ふと足を止め、ガレージを振り返ると、ふんふん鼻を鳴らし、そして「ぐるるるるっ」と低く唸り始めた。寝床の異変に気が付いてしまった。

 そして、本気の全速力でガレージへと一直線に爆走する。ラブラドールレトリバーの走力は、個体差こそあれど、およそ毎時35〜36キロメートルといったところだ。五十メートル走なら、ウサイン・ボルト級で、ようやく、まともな勝負ができる。


 ガレージドアの隙間をくぐり抜け、ピーターとジャックが、そろそろとタイミング悪く出て来てしまった。


「き、きみたち! 早く、そこから逃げるんだ——っ!」

「え……?」


 ヒーローの警告が聞こえて立ち上がった先に、お怒りモード全開の漆黒の悪魔が、物凄いスピードで迫ってくる。


「う、うわ、うわ、うわ、うわ——ぁっ!」


「ジャック! グランパの頭よこせ!」


 ジャックが抱えるグランパの頭をぶん取って、ピーターはそのまま全速力で、生垣に向かって一目散に走り出した。


「えっ !? ずるいよ、ピーター! 置いてかないでよ——!」


 ギャウワーンッ!

「ぎゃ——、食べられる——!」


 ジャックが両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ時、アンジェリーナちゃんは華麗に跳び上がり、そして宙を舞った。

「ジャ——ック!」

 漆黒の悪魔の咆哮の向こうで、ミセス・スケルトンが悲鳴を上げた。そして、スージーの声が聞こえる。

「これでも喰らえ——っ!」

 スージーの手から放たれた、それはひゅんひゅん弧を描き、アンジェリーナちゃんの脇腹を直撃した。


 そして、ピーターの小脇に抱えられながら、グランパは自分の首無しボディに向かって、眼窩をピカッと光らせた。踊り上がったグランパのボディから、渾身の気合いが迸る。


〈グランパ・バックボーン・ミサイル!〉


 さあっと両腕を白鳥の如く広げると、虚空に舞い上がったその姿勢から、背骨が一斉に、アンジェリーナちゃん目掛けて襲い掛かった。


 きゃいん、きゃいん、きゃいん


 痛かった、驚いたと、アンジェリーナちゃんが怯んだ隙に、追い付いたアバレ太郎が何とか取り押さえる。


「スケルトンさん、無事ですか!」

 ファンファン鳴り響くパトサイレンと共に、保安官さんの声がスピーカーから聞こえてくる。ジャックは恐る恐る目を開けた。 

「な、何これ !?」


 あたり一面に、グランパの背骨が散らばっている。

 ぎょっとして周囲を確認すると、生垣の向こうから保安官さんが駆け付けてくる姿と、アンジェリーナちゃんが、アバレ太郎に宥めすかされている姿があった。

「な、何が起こったんだろう……?」

 もっともな疑問だ。


 とりあえず、アバレ太郎がアンジェリーナちゃんに勝ったんだ! と状況から推察したジャックだが、なにゆえグランパが下半身だけで、庭を駆け回っているのか分からない。

「警察の方ですか? アンジェリーナちゃんは、このとおり」

 アバレ太郎が、ようやく落ち着いたラブラドールを保安官さんに引き渡す。


「はい。保安官のロバートです。失礼ですが、あなたは?」


 全身真っ赤なアクタースーツで、胸元に大きく『太郎』と書いてある覆面男を相手に、保安官さんは戸惑った様子で尋ねる。アバレ太郎が慣れた様子で手短に事の仔細を説明すると、保安官さんは「そうでしたか」と微妙な表情で頷いた。


「事件解決のご協力、誠に感謝します」

「いえ。ヒーローとして、当然のことをしたまで、です」


 ジャックの頭上で、そんなやり取りが交わされる。本当は、グランパの背骨で命拾いしたジャックなのだが、ここは状況の流れから、アンジェリーナちゃんを見事取り押さえたアバレ太郎に、お礼を言う。


「ありがとうございました。グランパの頭も、無事に取り戻せました」


「ああ、いや——……」

 深々と頭を下げるジャックの後方で、頭どころか上半身を無くしたグランパ・ジョージが、庭木に八つ当たりしている姿が目に入り、アバレ太郎は、爽やかな中に含みのある笑顔を残して、颯爽とその場を去っていった。

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