04. 大乱闘キョンシーダンサーズ
その後、しばらく平穏に過ごしていると、暢気で賑やかな老骨がロケンローしながら、ひょっこり姿を現した。
「ノッてるか~い?」
「……」
「……」
冷めた反応を示す孫たちに、グランパ・ジョージはまたしても、ちっちっちと指を振った。
「若者がそんなんじゃいかん、いかん。さあ、こっちで踊らんか、楽しいぞ?」
グランパ・ジョージが楽しんでいることを、孫たちは十二分に理解している。しかし、彼らが同調するわけにはいかないのだ。
なぜなら、ジャックとスージーはスケルトン家を代表して、グランパ・ジョージの知るところでない重要な任務を背負っているからだ。
「楽しいのは分かったから、グランパ・ジョージこそ、ほどほどにしてよ?」
「何を言うか! 夜はこれからじゃー!」
全く聞く耳を持たない老骨に、多少の怒りを覚える孫たちであったが、そんな中、会場内がざわめき始める。
「何だろう?」
「さあ?」
何事かと首を傾げていると、グランパのダンス仲間の一人がすっ飛んできた。
「ジョージ! 今年も来よったぞ、
「何と、またか!」
孫たちには話が見えなかったが、老骨たちは苦々しく歯を食いしばっている。
やがて、人ごみの合間からリズム良く飛び出す頭が見え隠れし始めた頃合いで、会場内には再び、スペシャルゲストによるスペシャルコラボ・ダンスタイムがアナウンスされた。
「わー! キョンシーだ、キョンシーだ!」
往年の名俳優たちを見て、ジャックは思わず椅子の上で飛び跳ねる。
「生キョンシーだ! すごーい!」
「ねえ、先頭の女の子すごく可愛くない?」
キョンシーたちの先頭に、黒髪も愛らしい凛々しい美少女が先導役でついている。会場は割れんばかりの拍手と共に熱狂的に出迎える。
「彼奴ら、常日頃からああやって飛び跳ねてばかりだから、連中が来ると思うように踊れないんじゃ!」
グランパ・ジョージは憎々しげにそう教えてくれたが、孫たちにしてみれば、散々ダンスフロアを独占して踊り狂っていたこの老骨には、偉そうなことは言えないだろう——と、腹の中では思っていた。
キョンシー隊は、美少女を先頭に皆一列にきちりと並んで一矢乱れぬホップ、ステップ、ジャンプを披露している。場内アナウンスでは、ウォーミングアップ中と伝えられた。
ただ飛び跳ねるだけなら、別に問題ないじゃないかと思うのだが、グランパ・ジョージは一言「やりづらい!」で片付けてしまった。
「ご来場の皆さまに、大切なお知らせがございます。この度のダンサーには、どうぞ、お手を触れないようにお願いいたします」
場内に流れたアナウンスに、大人たちはこぞって額を押さえながら大笑いだ。若い世代は「何でだろう?」と小首を傾げながら、周囲の大人たちを見ている。
場内のスポットライトが交錯し、ウォーミングアップを終えたフロア上の隊列を照らし出す。いよいよ、ショータイムだ。
「それでは、ミュージックスタート!」
ショーに合わせて、フロア内の音楽が変わった。それまでは踊りやすいビートの効いたポップスや、往年のロックンロール、合間にはシニア層に受けの良い優雅なワルツなどを適度にローテーションしていたのだが、今度は、どうしたわけか軽快なロシア民謡が流れ始める。
「何するんだろう?」
「さあ?」
孫たちは首を傾げていたが、グランパ・ジョージの元には、またしてもダンス仲間の実況報告がやって来た。
「キョンシー隊が、コサックダンスを踊る、じゃと?」
(まさかの、コサック!)
意表を突かれ、会場がどよめく。
何でも、去年は普通に見学のために参加して、普通に飛び跳ねていただけでクレームをつけられたので、ただ飛び跳ねているばかりでは芸が無いと反省したそうだ。この一年、隊列を組んでロシアまで遠征し、コサックを習得してきたという。何という涙ぐましい努力であろうか。
その努力が評価され、この度のスペシャルゲストに見事選抜されたというわけだ。
「すごいなあ。楽しみだなあ!」
すっかり感銘を受けたジャックは、胸に手を当てながら羨望の眼差しをフロアへと向ける。
「あたし、雑技団的なの見たかったなあ」
「しーっ。静かにするんじゃ、スージー。来年も彼奴らが選抜されたら、どうするんじゃ!」
慌てて静止する祖父に対して、孫たちは非常に冷ややかな視線を向ける。しかし、グランパ・ジョージにとっては、負けられない戦いがそこにある——らしい。
「うぬぬ……」
ダンスフロアの真ん中で披露される、キョンシー隊のキレキレコサックに、会場からは誰からとなく大歓声が巻き起こる。
フロアの少し端の方に避けている美少女は、先導に徹しており、ダンサーにはカウントされていないようだ。
その時だった。
「何だ、何だ、嬢ちゃんも踊れや」
曲の途中で突如、酔っ払いが大きなビールジョッキを片手に、控えていた美少女に向かって手を伸ばしながらフロアに乱入する騒ぎが起こった。
すかさず、キョンシー隊が酔っ払いの前に立ち塞がると「どけよ」と悪態をつきながら、酔っ払いは隊列に向かってビールジョッキの中身をぶち撒けた。
「——あっ!」
衆目の見守る中、キョンシーたちの額から、ひらり、と音もなく剥がれ落ちたお札は、スローモーションの如しだった。
刹那、刮目したキョンシーに、酔っ払いは首をわし掴みにされ、場内は騒然となる。
「えー、ご来場の皆さまにお知らせいたします。ダンサーは夜行性のため、くれぐれもお手を触れませんよう、お願い申し上げます。また、ダンサーに影を踏まれますと呼吸困難になりますので、お気をつけください」
場内アナウンスは、ハプニングに動じることなく淡々と注意事項を伝達する。一瞬場内で悲鳴こそ上がったものの、そもそもがお化けの集まりだ。事項に納得すると、この状況をドッキリの延長で、わいわい楽しみ始めてしまう。
「さっきから、血の気の多い人ばっかり追いかけ回されてる感じだね?」
「彼奴らは、吸血性の夜間凶暴型種族じゃからな。そもそもレイトショーには向かんわい。あのお嬢ちゃんが、上手にコントロールしとったんじゃよ」
正味、骨であるスケルトン家の面々は、見向きもされずに安全な所で騒ぎを傍観していられるが、狼男やジェイソンさんは、会場内を全力疾走して逃げ回っている。
「えー、ただいまより『暴走ダンサーズにお札を貼ろう大会』を始めます! 皆さま、お手元にお札はお持ちでしょうか? まだの方は、会場後方の特設カウンターまでお申し出くださいねー!」
いつの間にか、コーラス隊の合唱と軽快な鼓笛が響き渡り、新たな催しが始まった。既に来場者はダンサーズ捕獲に向けて動き出している。
あちらでは塗り壁さんが行手を立ち塞ぎ、こちらでは一反木綿がダンサーに巻きついて動きを封じている。狼男もジェイソンさんも形勢逆転で暴れ回っていた。
ダンス会場は、ますます混沌に沈む。
「これ、いつまで続くのかなあ?」
「適当なところで、ワインかトマトジュースか、ケチャップでもぶん投げてやればええじゃろう」
「えー? それ血の代用品? そんなバカな」
グランパは、ふぇっふぇと妙な声を上げて笑っている。
「ねえ、グランパ! ジャック! 大変、女の子が!」
スージーが二人を揺すりながら、フロアの端っこを指差して声を上げる。混沌とする会場の片隅で、一体のキョンシーが美少女と対峙して、ジリジリと距離を詰めていた。
「わーっ、大変だ!」
「いかん! お嬢ちゃんは生身の人間じゃったか!」
どうしたらいいのか分からないが、分からないままジャックは観客席を飛び出して、フロアに向かって一直線に走り出していた。
「わーっ、待って、待って、待って——!」
両手で鼻と口を覆っている女の子と、ずいずいと距離を詰めるキョンシーの間に割って入ったジャックは、そのまま怖い顔面に、がっしりとへばりついた。
突然視界を邪魔する骨に、キョンシーは俄かに戸惑っている様子だ。女の子に噛み付きたくとも、骨が邪魔で叶わない。
「でかした、ジャック! それでこそ、わしの孫じゃ!」
グランパはガッツポーズをしながら、観客席から降りて来る途中、バーカウンターの前にいたダンス仲間を振り返った。
「ジョージ! ほれ、受け取れ!」
カウンターをすいーっと滑るワインボトルを、カウンターの端にいた仲間が受け取り、そこから観客席を中継して、ボトルが宙を舞う。
「オイタはそこまでじゃ! ダンスフロアでは、ダンスをせんか、お前たち!」
顔面にへばりついていたジャックが、ベリっと引き剥がされて放り投げられた直後、ボトルを受け取ったグランパ・ジョージが、ダンスフロアに舞い戻る。
そして華麗なステップを踏みながら、ボトルをキョンシーの口内へと押し込んだのだった。
「ほれ、お嬢ちゃん。今じゃぞ!」
骨と美少女の異色のコラボはさておき、無事にお札を貼り直したキョンシーたちは、再び隊列を組み直し、今までの混沌は何だったのかと思うほど、完成度の高いコサックダンスを再開する。
「あいててて……」
頭をさすりながら、ジャックはダンスフロアから静かに這い下りて退場する。もう、ハロウィンなんか懲り懲りだ——そう思いながら顔を上げた時、美少女と目が合った。
にっこりと微笑まれ、でれーと笑みを返す心境は、この時、180度振り切れた。
「ねえ、これ。年末特番のハプニング大賞とれるんじゃない?」
「面白かったねー」
そんな声が観客席のあちらこちらから漏れ聞こえてくる。曲が終わる頃には、会場内に再び割れんばかりの喝采と拍手が巻き起こった。
ジャックもスージーも、そこそこ高いテンションで拍手をしているものだから、こうしてはおれぬとばかりに、グランパ・ジョージは再びダンスフロアへと姿を消した。
「一等賞は、誰にも譲らんぞ——!」
群衆の向こうから、そんな声が聞こえてきた孫たちは、今日一日だけで何度目とも分からない溜息を吐いたのだった。
「今度こそ、倒れるかな……」
それでなくとも、余計な体力を消耗したのだ。これ以上は、リスクしかない。
「もう! だいたい、骨が動き回るのに、どれだけの気合と根性と集中力を必要とするのか、考えた事あるのかな、グランパは!」
「うーん。無いと思う……」
プチ切れ風味のスージーの指摘に、ジャックは静かに否を告げる。知らぬが仏とは言ったものだが、毎年失態を晒している当人は、今年も楽しそうに踊り狂っている。
そして程なく、その時はやって来た。
カンカラ、カンカラ、カン、カン、カツーン——……
乾いた物が順番に散らばって、床の上で弾む音が、賑やかなダンスフロアを這うように聞こえてきた。
「——やったかな……」
「やっちゃったね……」
グランパ・ジョージは、ダンスフロアの中心で、全集中力を使い果たした。
さっき一瞬、グランパを格好良いなどと思ってしまったことを、ひっそりと撤回しながら、回収係の孫たちは各々、鞄の中から大きな白い袋を取り出した。そのまま、人でごった返すダンスフロアへと潜り込み、せっせと散らかった老骨を拾い集めるのだった。
「まったく、毎年これなんだから——!」
ひょいひょい拾い上げる骨を手早く袋へ放り込みながら、二人は踏まれないようにダンスフロアを這い回る。
「懲りないよね。グランパ・ジョージって」
「本っ当、それ! 毎年どっかパーツ失くすし!」
みるみるうちに袋は骨でいっぱいになる。それでも、床にはまだ小さな骨が散らかっているのだ。嫌にもなる。
「ぼく思うんだけど、来年からは接着剤とか使ってみたらどうだろう?」
「お湯でも溶けない、全身用ポ○デントとか?」
細かい骨をかき集めながら、スージーはまとめて袋に放り込む。宴もたけなわという頃に、そっと会場を後にするジャックとスージーの後ろ姿は、まるで季節はずれのサンタクロースさながらだった。
「ただいま——」
「重かった——」
家に帰ると、一家は全てを悟り切った表情で、ジャックとスージーを迎え入れた。そして、袋の中ですっかり失神しているグランパ・ジョージに苦笑いをこぼしながら、二人をリビングへと促した。
これから、家族総出でバラバラのグランパ・ジョージを復元していかなければならないのだから、苦笑いもしたくなる。要は、等身大立体パズルをするようなものだ。
「今年はまた、ハデにやったなあ……」
「今夜は徹夜か……」
それぞれの袋を覗き込みながら、ミスター・スケルトンとピーターがぼっそりと呟いた。
「その前に腹ごしらえしたいな、ぼく」
「あたしもー」
重たい荷物を頑張って担いで帰ってきた子供たちに、ミセス・スケルトンは小さく苦笑し、頷いた。
「じゃあ、用意するから、手を洗っていらっしゃい」
洗面室へと向かう二人を見送り、二階から降りてきたボニーは、「はーっ」と漏らしながらヘッドホンを取った。
「とりあえず、奥へ運んだらいい?」
「まったく、世話の焼ける人だねえ」
腰に手をやりながら、グランパ・ジョージの満足そうな頭を見おろすグランマ・ジーナは、首を振りながらひっそりと声を漏らした。だが、どこか憎めないパートナーを見つめる眼窩は、随分と穏やかなのであった。
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