05. 忙しい日だぜ! ヤァヤァヤァ!
翌日。早朝から、スケルトン家のインターフォンが、いらっしゃいませと言わんばかりに、リズミカルに鳴り響いた。
ファ(♯)レラレミラーラ ミファ(♯)ミラレ——♪
なかなか、どうして、パナソ○ックも良い仕事をする。ご家庭に欲しい人は、メーカー名と「メロディサイン」で検索すれば、今時、ア○ゾンで二千円(税別)程度で、購入することができる。
「はい、どなた——」
「あ、お早うございます! 正義のヒーロー『アバレ太郎』参上いたしました!」
眠たい目をこすりながら、ガチャリとドアを開けたスケルトン一家が、まず見たのは、とにかく爽やかな笑顔と、きらりと光る白い歯だった。
「えーっと、アバレ太郎、六歳——さん、ですか?」
「はい!
きらーんっ。
「……(x8人分)」
ヒーローとスケルトン家の埋まらない温度差はさておき、一家はひとまず現れたヒーローを家の中に招き入れた。
「う、閏年生まれ……」
ピーターはこの時、(人騒がせなプロフィールだな!)と心の中で危うく絶叫しそうになり、実際には、謎の呻き声を小さく漏らすに留めた。
「始めに、お聞きして、おきたいのですが、あなた方の、おじい様を、白昼堂々、誘拐したという『ボーンコレクター』なる人物とは、一体、何者、なんですか?」
正義のヒーロー、アバレ太郎は、句点の度に、何かよく分からないけれど『格好良い決めポーズ』を挟みながら、忙しなく手足を動かして喋る。一家は、それが気になって仕方がない。
(こいつは、いちいち句点でポーズを取らないと、まともに話も出来ないのか)
そうは思いつつ胸の内に収め、スケルトン一家は気を取り直して事情を説明し始める。
「はい。それなんですが、実は昨日、警察から犯人と思われる写真をいただいたところ——人物では、なかったんです」
アバレ太郎は、両腕をすぅっと水平に伸ばす。
「人物では、ない? どういうこと、ですか?」
「まあ、ご覧いただければ一目瞭然かと——何にせよ、我々にとっては、何より怖い存在です。彼女は……」
ヒーローは上体を捻りながら、両腕を三時と十二時の方向に真っ直ぐ伸ばす。
「ほう。女性なのですか、『ボーンコレクター』なる、人物は」
そして両脇を締めながら、ゆっくりと両腕を引き戻す。
「いえ。だから、人物じゃないんです」
「人物じゃない? 何だか、ややこしい、話、ですね?」
頼むから、少しじっとしてくれ——と言いたいのを、ぐっと堪えてミスター・スケルトンが
「まあ、ご覧ください。これが、警察の皆さまが突き止めたボーンコレクターの正体です。ボーンコレクターは、女性——というより、正しくは雌なんです」
片手で拳を握ったヒーローは、ガードを固めて顔横に構え、もう片腕がすぅっと牽制するように、テーブル上に伸ばされる。
「雌? 人外というわけですか! 妖怪ですか、物の怪ですか。何にせよ、腕が鳴りますね! それでこそ、アクションヒーローらしい展開ですね!」
一度小さくなってから、両手両足を目一杯伸ばして飛び上がり、そのまま意気揚々と出て行こうとするアバレ太郎に、不安をたらふく覚えながら、スケルトン一家は話を続けた。
「写真を見てください、写真を! つまり、その、ボーンコレクターの正体は、犬だったんです」
間。
「犬? 狼男とか、化け犬とか、ジェヴォーダン的な、そういった類のものではなく、わんわん鳴く、ただの犬ですか?」
非常口の案内表示、ピクトさんみたいな模範的なポーズで静止して、アバレ太郎は首だけ一家に振り向いた。
「はい。ラブラドールレトリバーの雌です」
「賢いヤツやん……」
正義のヒーローが、突然の関西弁を丸出しに呟いた。手渡されたチラシには、つぶらな瞳で駆け巡る、毛艶の良い真っ黒な大型犬が写っている。
「どうやら、人間の飼い主の元から脱走して、ゴーストタウンに紛れ込んだらしいです。
先日、仮釈放中だったマシュマ○マンさんが、ニューヨークで
ボーンコレクターの本名は、アンジェリーナちゃんというそうです」
手渡された『迷子犬探しています』の手作りチラシには、アンジェリーナちゃんの写真と趣味趣向が、詳しく記載されていた。
二歳の雌。好奇心旺盛。フリスビー、駆けっこ、狩り、そしてアクタースーツのイケメンが大好き。三度の飯とおやつは、骨を与えると大喜びする等々。
確かに、骨と狩りを好物とするボーンコレクター改めラブラドールレトリバーのアンジェリーナちゃんは、スケルトン一家にとって、恐怖の女王的存在といえる。
「敵は、犬?」
「どうか、どうか、グランパを助けてください!」
「は、はあ……」
戦う前から、だいぶんやる気を失くしてしまった正義のヒーロー、アバレ太郎だった。何で事務所はこんな依頼を受けたんだと、内心複雑な気持ちになりながらも、受けてしまった仕事は仕事。きっちりと役割を果たすのが、ヒーローのヒーローたる所以である。
スケルトン一家が先頭に立ち、保安官さんから聞いた事前情報の場所へ——。一行は一路、アンジェリーナちゃんの潜伏先へと向かうのだった。
「本当に、ここで合ってるの?」
伸び放題の生垣の隙間から、ひょっこりと三つ、骸骨頭が覗き込む。スージーが半信半疑で長兄を睨み付け、二人の間に挟まれて、ジャックはガタガタと青ざめる。
「もう、食べられたあとだったら、どうしよう……!」
「怖がりのくせして、不吉な事をアッサリと言うな、お前は!」
パッコーンと頭を叩かれて、ジャックが小さく呻き声を上げると、すかさず、スージーが「静かにしないと、アンジェリーナちゃんに気付かれる」と釘を刺した。
そこは、住人の気配のない廃屋だった。戸口や窓枠は、腐食してぼろぼろ崩れかけている。庭も雑草が生い茂り、どこに何があるのか、よく分からない。
カタカタ、カタカタカタ……!
三人の孫たちの背骨を突っつくように、グランパの身体が小刻みに音を立てて合図を送る。グランパ自身は必死なのだが、頭が無い上に、普段の素行から、楽しくリズムを刻んでいるようにしか見えない。
「ちょっと待って、グランパ?」
「しっ。グランパ、静かにして」
「ったく。何でこんな時まで踊るんだ、うちのグランパは!」
敷地内を覗き込むのに集中している孫たちは、グランパの意図に全くもって気付かない。挙句、ピーターは
〈グランパ・ファニーボーン・アターック!〉
「うおっ、ジーンときたぁ。ジーンと!」
グランパの胸骨から内なる気合が漏れると同時に、拳がピンポイントで、ピーターの『肘を打った時、ジーンと痺れる所』——ファニーボーンを直撃する。
「え、何、どうしたの? グランパ・ジョージ?」
「地面に、何かあるみたいね」
首無し骸骨が、何やら地面を指差して、鳴り止むことなくカタカタと小刻みに音を立てる。
「え、えーっと、モールス信号かな?」
何とか読解を試みようとするジャックだが、おじいちゃんはがっくりと膝をつき、指を鳴らすと、胸骨から〈惜しい!〉と心の声が漏れた。
「惜しい……の?」
とりあえず地面に伏せて、側頭骨を押し付けてみる。集中して耳をこらして程なく、弟と妹は「あっ」と声を合わせた。
『わしは、ここじゃーあ! たーぁすけてぇ~!』
「グランパ・ジョージの声だ!」
ジャックとスージーの二重唱を聞いて、一家全員が、こぞって地面にひれ伏して、地面を伝って聞こえてくるグランパ・ジョージに呼びかける。
「グランパ・ジョージ! どこにいるの?」
『わ、わしは、
「しっかりして、グランパ! 今、助けるからね!」
「——?」
一家があまりに必死だから、頭上に疑問符を散らしながらも、アバレ太郎もまた地面に打ち伏して、耳を擦り付けてみるのだが、当然、何も聞こえない。首を傾げながら、しばらく考え込んで、ヒーローはそれから、はっと閃いたのだった。
(まさか、これが、正真正銘『骨伝導』か——っ!)
全身剥き出しの骨同士なら、あるいは地面を介しても、音の伝達は可能なのかもしれない。いや、きっとそうだ——アバレ太郎は、そう己を納得させた。
「アバレ太郎さん! グランパは、アンジェリーナちゃんの寝床の下に埋められているよ!」
「——え」
ヒーローに、掘り起こせと? 頭蓋骨を?
何だかすごく気が進まない。まるで悪役ではないか。渋るヒーローを取り囲んで、スケルトン一家はグランパ(の頭)奪還作戦を練り始める。
「アンジェリーナちゃんに気付かれたら、我々は一巻の終わりだ。手分けして掘り起こした方が良いだろう」
ミスター・スケルトンが地面に絵を描きながら、作戦の大枠を示していく。
「大人数で押しかけても、気付かれる可能性が高いと思う」
すかさず、参謀よろしくスージーが指摘する。
「そうだな。部隊は大きく分けて二手だ。一つは、グランパを掘り起こす部隊。そしてもう一つは、アンジェリーナちゃんを食い止める部隊だ」
ピーターが地面にくるりと円を描き、矢印を書き記す。
「万が一の時を考えて、後方部隊も整えた方がいいね」
ジャックも、うんうんと頷きながら付け加える。
「あ、あの……?」
周囲をぐるりとガイコツに囲まれながら、正義のヒーローには意見を挟む余地がない。スケルトン家の賛成多数によって、あれよ、あれよという間に、アバレ太郎は、漆黒の雌犬と対峙することなっていた。
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